12.26.2010

頭がくらくらする時、やっぱり助けになるのは・・・


頭がくらくらする時、助けになるのはやっぱしここ。
自分の状態を矢で射てくれる。

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真のマスターはあなたの内側に割れ目を作り出す・・・
この世界にけっして満足することができないと言う割れ目だ。

彼はあなたに渇望を呼び起こし、
絶頂に達するまであなたを炎のように燃え立たせる。

彼はあなたの心をイライラさせ、苦悩させる。
・・・何故なら、生はすべての瞬間に滑り落ちていくからだ。

ひとつひとつの瞬間が去る時、それは永遠に去ってしまう。
あなたはまだ神にたどり着けていないのに、この一日が去っていく。

彼はこのような苦悩を通して、あなたを深く渇望させる!

彼はあなたの目に涙を吹き出させる、何故なら、
このような神聖なる割れ目こそがあなたを突き動かすからだ。

そして、あなたは驚くほど画期的に飛び跳ね、
知られざるものにジャンプするだろう。

このような割れ目だけが、
あなたの全てのエネルギーを引き寄せることができる

あなたは危険を冒して、
自分が誰であるのかを見つける究極の旅にでるだろう。

OSHO




Osho

12.12.2010

大阪のサニセレ

サニセレ、関西人は短縮するのが好き、サニヤスセレブレーション、略してサニセレ。和尚の誕生パティを祝っての集まりです。久しぶりに大阪の集まりに出ました。父の会社の忘年会と重なって最後までいることができなかったのですが、久々に会う友達もいて嬉しかったです。


12.09.2010

クラニオ for ベビー

12月のクラニオコースに生後一ヶ月の赤ちゃんが来ました。妊娠中も元気にコースを受講されていたかおるさんの赤ちゃん。名前はあかりちゃん。このコースはちょうど、出産時に生じる軸性(正中)と後頭3基の圧縮についてに授業。かおるさんとも話していたのですが、なんだか、このコースに間に合うように生まれてきたようです。あかりちゃんは予定日より早く生まれました。もちろん、コースを受ける受講者は大人、軸性の圧縮フォースが消散されずに長年持ち続けると、成長した後、ある時点で何らかの障害を発生する可能性があるというお話ですが、生まれてすぐにこれらのフォースが消散されれば、人体における正中上の問題が少なくなるでしょう。

授業中のデモで、かおるさんがデモテーブルに赤ちゃんをポロッと乗せたのがきっかけで、あかりちゃんに短いデモセッションをすることになりました。柔らかくて小さな後頭骨と頚椎部に私の3本の指がうまく入り、この部位のスペースと広がりを知覚しました。最初は小さい体ながらも少し緊張した首の筋がタイドモーションを触診することで柔らぎはじめた後、インハレーションとエクスハレーションの呼吸運動が大きな波動となって現れました。すると、あかりちゃんの体がどんどん真っすぐに伸び始めてとても気持ち良さそうでした。来年の2月のコースにもあかりちゃんが参加、私たち大人の受講者は特別のクラスになったことがとても嬉しいです。

このコースの主催は:
CRANIOSACRAL HEALING ART  http://healingart.jp




11.30.2010

ここのところ、Oshoと、ともに。


WITNESSING
Just one quality of the Buddha has to be remembered. He consists only of one quality, witnessing. This small word witnessing contains the whole of spirituality. Witness that you are not the body. Witness that you are not the mind. Witness that you are only a witness. As the witnessing deepens, you start becoming drunk with the divine. That is what is called ecstasy.
Osho


11.29.2010

the death of the mind


Mind is really afraid to come close to anything that can create more awareness. That will be the beginning of the end of the mind. That will be the death of the mind. Osho



11.26.2010

a play of consiousness


A PLAY OF CONSCIOUSNESS
A really mature person cannot be serious, there is nothing to be serious about. The whole of life is fun, it is a play, a play of consciousness. And that's what meditation reveals to you - that the whole of life is a beautiful play of energy.

The same energy is in the trees, in the stars, in the rivers, in the mountains, in you, in animals. It is the same energy dancing in different forms. We in the East have called it 'leela'. Leela means god's play.

Thank you (^^) Osho




11.09.2010

A.H.Almaas

A.H.Almaasのほんの一部を訳していた、とても深く辛くなってくる。
それは、穴の理論について書かれてあるからだ、
私の心の中の穴についてだ。


<穴>は通常、それは、あなたが失ったものへの記憶、
失ったものを思い出す状況の記憶、傷つき、葛藤した記憶がある
あなたのパーソナリティ(人格)の一部によって満たされている。
私たちはその傷の中心に最も深いレベルに行かなければならない、
<穴>それ自体に近づくのだ。そして、何が失われたかの記憶にたどり着く。
失ったものの記憶にたどり着くと、
それによって失われたエッセンス(本質)が再び流れ出す。

ゆえに、深い欠落はそれを成長させる機会となり、
自分自身をさらに理解するに至る、
しかし、人々は通常、自分の欠落感に対する防御が気違いじみている。
この防御のほとんどは<穴>を感じる事を避けることにある。
人々はそれが<穴>だとは気づいていない、欠落感は深い何か、
エッセンス(本質)の損失からくる症状だ。それは取り戻す事が出来る。
心の穴を考える、欠落感は彼らが深いレベルでそうであるかのようであり、
それを超える何かは存在しない。彼らは基本的に何かが間違っていると考える。
無意識にも、心の中の穴は何かが間違っているからだと考える。
そして、人は、心の穴、欠落感を感じないためになら本当に何だってする。
彼らは、心の穴に近づけば飲み込まれると信じている。
もし、彼らのワークがそれを浮かび上がらせるなら、
例えば、愛に対する<穴>、圧倒的な孤独感、
空虚感に脅かされると感じるだろう。
その他の<穴>は壊滅する(滅ばされる)恐れを感じさせる。
何故、それに近づきたくないか理解できる。

しかし、ここでの私たちのワークでは、驚くべきことを体験してきた:
<穴>から身を守ることをやめた時二起こる実際の体験は痛みではなかった。
私たちはシンプルに、エンプティスペース(何もない空間)を体験したのだ。
そこに何もない感覚 — しかし、虚無感に脅かされることのない 
— 容認された大きな空間/a spaciousness an allowing
この大きな空間はエッセンス(本質)が出現することを許し、
それがエッセンスであり、このエッセンスだけが<穴>を、
内側から欠落感を排除する事が出来る。

S「<穴>は怒りとして現れることはありますか?」

AH「そうだ、怒りは欠落の結果として生じる、
特に、<穴>を感じる事に抵抗する防御として現れる。
ほとんどの感覚、ほとんどの感情、具体的にそれらは
自動的に起こる衝動的な強迫観念であり、
<穴>の結果である。そこに<穴>がなければ、そのような感情は生じない。
どのような感情かというと、悲しみ、痛み、嫉妬、怒り、憎しみ、恐怖である。
これらすべては<穴>の結果として生じる。
もし、あなたに<穴>がなければ、このような感情は起こらない。
あなたにはエッセンスだけが備わっている。
ゆえに、このような感情はパッション(情)、または、誤った感情/false feeling
もしくは、見せかけの感情/pseudo-feelingと呼ばれる。

私たちの社会全体が<穴>を埋めるために、
外側から価値を得ることを教えるように設定されている 
— 価値を認めてもらう、愛を、強さを、何であれ外からの —。
私たちは、他人に何かをする事がいかに素晴らしいことだと話す、
または恋をすることが、意義のある職に就くことが — などなどだ。
社会は一般的に、互いの<穴>を埋め合うように取り決められている。
<穴>を埋め合いながら — そのように文明が構築された。
私たちが知っている文明は、誤ったパーソナリティ(人格)の生産物である。
それは誤った人格から生み出され、誤った人格の隠れ家となる。
誤った人格を支え、増進させる。



11.07.2010

荒滝キャンプ場での野外パーティ

Goa や Ibiza を懐かしんで。

パーティにくるやつ達は、いい子もいれば、どこか間延びしたやつもいる。
最近の若者は?もしくは日本の若者は踊らない、夢中で踊っている子は少ない。

踊り場にいてもタバコを片手に間の延びたステップを踏んでいるか、
ビールの缶を片手に友達とだべっているか、あげくの果てに酔ってビールをこぼしまくる。
それなら真ん中にいずに端の方にいればいいものを。

ここはキャンプ場、汚しては行けない自然の中でタバコをぽいと捨てる。
気を利かせてくキャンプファイヤーの火の中に捨てることすら考えない。

遊びも責任を持って遊ぶ事を学ばないと、いつまでたってもただの馬鹿たれ。
主催する人、もっと教えてあげようよ、ね (^^;)




10.26.2010

頭蓋モケイ、円高でお買い得

クラニオワークに必須、頭蓋モケイ、
クラニオのコースを受けにきてくれる生徒さん達、
これまでにもクラスごとにまとめてオーダーする、今回は12頭。

今年は円高でお買い得!今、アメリカに確認の電話をした。
これまではイギリスのオステオパシーサプライで買っていたが、
何故か、連絡が取れないので、オーダー先を変えてみた。
441ドルは約36000円、これに輸送費と輸入税で
ひとりあたり5万円はいかないだろう。

日本で買う(インターネット)と80850円とある、高い!


10.17.2010

途中はあり得ない

急ぎの仕事から解放されてほっとしているここ数日。部屋の中を見回すと、いろんな資料が散々している。長かった夏から季節が変わり、そろそろ衣替えもし始めたい頃合い。この夏はいろんな意味で熱かった。もうじき冬がやってくる。私にとってインドに気持ちが向く季節。今年の日本の仕事の締めをしょう。12月までまだある仕事もここまでの体験をもとに修正していく。特にクラニオコースをさらに実質的な内容に。クラニオは私の人生を大きく変えた。継続して学ぶこと、セラピーの基本をここから学んだ。そして多くの人とコースを通じて出会い、沢山をシェアーしてきた。そして、瞑想。瞑想なきセラピーはありえない。まだまだ進んでいく。一瞬一瞬を生きたら、悔いは残らない。それは完璧に事を行うと言うことではなく、それをやっている自分を見つめていることだと思う。この一瞬は私が中心だ。だから、どの瞬間でも自分次第。途中はありえない。

9.22.2010

who is in でのサットサング、静寂はここにあり


who is in リトリートの2日目、夜の瞑想サットサング。デヴァヨーコのフルートと日本笛、ルペッシュのギターとタンブーラ、驚くほどの音の広がりにびっくりしてしまった。瞑想者でなければこんな演奏はできないだろう。2人の奏でる音が私の奥深くに浸透していき、右目からひとつぶの涙、そして左目からひとつぶの涙、そしてまた右目からひとつぶ、次に左目からひとつぶと、交互にひとつぶずつ涙がこぼれ出した。こんな体験は初めてだ。ひとつぶずつの涙は最後まで続いた。そこに激しい感情が生じていたのでもなければ、何かを思い出していたわけでもない。ただ、ひとつ、私のたどり着きたい場所に落ちていくようだった。

次の日、公案「who is in」を行っている時に同じ現象が起こる。山間にある和尚庵では鳥の声や虫の音、そしてオーナーの小学校一年生の娘さんがお母さんを呼ぶ声が山に響き渡る。これらの音がサットサングのようにして私を私の中心、静寂へと誘い、私は “今ここ” へと導かれていった。なんと静かで穏やかな現象だろうか。ここが我が家と言うものだ。

9.17.2010

Who is in に行く

もうすっかりすでに who is in ですわ。忘れていたわけではありませんが、しなきゃーいけないことに振り回されて、<!>がずぶずぶと無意識の底の方に沈んでいたんですね。しかし、明日から =who is in リトリート= に入るのでその準備をしながら日常に起こっていることへの私の反応をずーっと観察していました。特に、オーガナイズをしていると、いろんな意味で成功させなければという思いに、いろんなレベルにおいて振り回されていましたね。この<思い>が私の壁になっているのにも気づきながらです。その<思い>は熱となって私の脳に留まっています、今も、ははは。でも、それに気づいていることが不幸中の幸いでしょうか、「who is in ? 」と尋ねると私は、感情でも、体でも、そして、<思い>でもないことを知っています。すべての瞬間をトータルに!


あなたは完全に自由だ/you are totally free OSHO語録

わたしはあなたが意識的な存在だと言うことではなく、
意識そのものであることを知っている。

意識というのはあなたの付属品ではない、あなたが意識だ。
あなたは完全に自由だ。

だから、どこからでも始めることが出来る。
もっと自由でいるか、意識的でいるか。

そうすると、その他の物事は自動的に解消する。
もっと自由でいる、そうすることでさらに意識的にいられる。

あなたが意識的でなければ、そこに自由はない。
さらに意識的でいられれば、もっと自由でいられる。

そうでなければならない、意識は自由をつくりだす。
あなたが完全に意識的であれば、あなたは完全に自由だ。

動機や目的のためにあなたが存在しているのではない。
すべてが生じているのだ。


9.16.2010

ルペッシュのパーカッションクラス

明日は名古屋でルペッシュのパーカッションクラス。彼が去年に来日したときに以前からとても興味がったジャンベを習った・・・けど、そのまま私の高級ジャンベはお蔵入りして触れもしなかった。明日は久々にジャンベを叩く!うれしい (^0^)~ 私の内なる野生の雄叫びだぁ〜〜〜

「ルペッシュのパーカッションクラス」
日時:9月17日、19時〜21時
料金:1セッション¥3000
場所:トライバルアーツ/名古屋市天白区中平1−501/052ー8484ー3433
アクセス:地下鉄鶴舞線「原」駅より徒歩5分
<トライバルアーツ http://tribal-arts.net/ >

9.15.2010

脳の休日(何もしたくないって意味)

Suddenly !  I became lazy !!!  お昼過ぎ、突如として、何もしたくなった。やっていることをすべてやめて、テレビの前に寝転んだ。そして、映画を見始めた。それが夜まで続いた・・・こんなに長い時間、映画を見続けるか、何本も! でも、その他に何もしたくなかったのだ。一度だけ、焼きうどんを作るために動いた。うまかった。たぶん、脳が働きたくなくなったのだろう。脳の休日、映画を見ている間は何も考えなくていいのだ。

8.26.2010

湧いてくる何か

何か大きな力が底の方から沸き上がってきている感じがする。<私>と言うことではなく、日本中に、たぶん、世界中にと言うことなんだろうな。もう、一個人という考えは捨てた方がいいかもしれない。大きな流れの一部として身をまかせるのが正しい。例えそれが何であろうと、起こっていることに疑問をもちすぎて止まってしまうと<私>という全体の一部がくらい影になって機能しなくなる、すると、全体もその場で不活性する。想念に捕らわれず、感情を手放す、執着せず! 物事は次から次へとやってくる。それが私の手に負えるか、負えないかが問題ではなく、ただそれとともに在る、実体験の中で観察している、が正しいのだろう。

8.20.2010

ルペッシュ来日でライブダイナミック

去年、ルペッシュが来日したときに彼のドラムでライブダイナミック瞑想をやった。すごかった。かれこれ23年ほど前からダイナミックをやり続け、私なりのやり方があったのだけど、それが変わった。形にはまってしまっていた<私のやり方>からスルリと抜けることが出来た。Oshoサニヤシンの多くの人にダイナミック瞑想が大好き!という人が居ると思う。その人達に体験してもらいたい。あのダイナミック瞑想CDに収録されているドラミング奏者のルペッシュ本人がライブで行うのだからとてつもないパワーだ。和尚庵で2泊3日の <Who is in> をやる、ルペッシュ・サットプレム・デヴァヨーコの豪華なサットサング、そしてルペッシュのライブトライバルダンス、和尚庵でサットプレムがつくっている美味しいお米と、お味噌汁、自分へのご褒美に瞑想を!

和尚庵 Tribal & Who is in パンフPDF 
スタッフ:Rupesh, komalagita, satprem, devayoko, dhikshant

日程:9月18日〜20日(2泊3日)
場所:和尚庵/愛知県豊田市国谷町
参加料金:33000円(宿泊食事込み)

お問い合わせ:

Awareness Intensive Japan 主催
 http://awareness-intensive.jp/tribal-zen.html
コマラギータ宛て info@awareness-intensive.jp

Osho Fragrance 共催 
http://www.osho-fragrance.com/
デヴァヨーコ&ディクシャント
デヴァヨーコのHP(ミュージシャンとしての彼女の活動)














8.14.2010

坂本龍馬は7

ここのところ、NHKの大河ドラマで坂本龍馬が話題になっている。私も時間が許す限り見ている。彼の、新しい世界へのあこがれと希望、そして、どんどん思いつくポジティブなとてつもないアイディア、それを実現しようというフットワークの早さ、彼は!エニアグラムで言うところの7番8ウイングに間違いない。基本的思考が肯定的であり、彼が考えるより良い世界を夢見てもう突進、周りの人々がその魅力に引き込まれる。しかし、自分の感情的な部分は後回し。と言っても、NHKで放映されている龍馬が実際の龍馬と同じような人柄だったかは分からないが。

8.12.2010

Turiya 楽しかった (^x^)

やっぱり、この人で良かった、あこがれのセラピスト Turiya 。かなり前から知っていた人、でも、遠くあこがれの人だった。その彼女がエニアグラムコースをしに日本に来てくれた。彼女の、気さくにびっくり。何せ、大阪人の私を一緒にいる間中、笑わせ続けたのだから! ワークショップを終え、日本を発つ前夜、私とDasoとTuriyaで、昔のプーナやサニヤシン達の悪行(ふふふ・・)を笑いの種に爆笑したり、彼女自身のことを話してくれたり、美味しい日本酒と料理で楽しい夜を過ごした。来年から日本でも始まるEssence Training に彼女が再来日するまで待ちきれないほど一緒にいたい人だ。

エッセンストレーニング:http://awareness-intensive.jp/essence.html




8.02.2010

twitter

最近、twitterなるものを始めた、こうなってくると忙しい! 最初はなんだか知らない世界に入っていくようでわくわくしたけど、フォローする人を増やせば、私のtwittetサイトに、その人達のささやきがどんどん書かれていく。それも全然知らない人達の。友人だけにしとけばいいのだろうけど、外の世界も垣間見たい、情報が沢山入ってくる、人はどんなことに関わっているのだろう・・・と言うことを知るにはいいかもしれない。いつまで続くか・・・飽き性の私に。

7.30.2010

思い起こせば・・・

そう言えば・・・、大阪の実家に9日も滞在している、なんだが、このところ、ばたばたと移動が多かったので、なぜか、ここに来て「あれ?」っと思った。ちょっとのんびりしているじゃないですかっと・・・と言うのも、アクティブなお仕事抜きで実家の自分のベッドで寝ている日が続くなんて、不思議な感覚だ。5日後にはまた東京へ出張、とは言っても、江ノ島近辺の友人宅でお泊まりだけど。時々、私の本当の寝床はどこなんだろうと思う。しばらく前までは、インドの自宅が私の寝床だった。今は日本にいることの方が長くなってきた。いつになったら、私はここに住んでいる!っという感覚が来るのだろうか? 私は将来的にどこかに定住することができるだろうか? その日を夢みて、ひたすらがんばっているような気がする。

7.29.2010

物事の進行

事を起こしたとき、その事の進行は、こちらから波を起こすと向こう岸にたどり着き、その反響が帰ってくるのを辛抱強く待つことになる。だけど、必ず帰ってくる。帰ってきた反響に応じて丁寧に対応する、これが仕事というものなのだろう。その途中、心配事やあせり、さまざまな思考がやってくる、そのついでに過去のことまでまとわりつくこともしばしばある。忍耐力と事の明確さが内側で求められる。そして事自体が大きなウェーブとなり、そのウェーブに乗るサーファーとなる。この時が収穫時なのだ。もちろん、その後のケアが次の波をどれだけ大きくするかに関わってくる。・・・・・、で、いつ終わるんだろうと?っと言う疑問も湧いてくるが、しばらくはこうなのだろう、と理解する。

私が惚れた男

私がむかし?惚れた男、Rupesh。彼との出会いはインド/プーナのバグワン・シュリ・ラジニーシのアシュラム。エンライトメントマスターのお気に入りのパーカッショニスト。豪快でハートの熱いやつだ。現在も多くの人に愛されているOSHO瞑想のダイナミックのドラムも担当した、パワフルな男。去年、彼に癌が発覚したとき、私のショックは大きかった。マスターもさることながら、愛とは何かを教えてくれた人だったからだ。体調が悪かったせいか、このときばかりはうじうじしたいやな奴になっていたけど、死を見つめることで気持ちがもどったようだ。今、治療中だけど、ここのところ見る見るうちに元気を取りもどしている。今日、スカイプで話したけど、まったく元気そのもの。あの豪快な彼が戻ってくる、今年の9月に日本で一緒に瞑想リトリートをやろうとしている。生は一度きり、偉大なセレブレーション。私は立ち止まることなどしてはいけない。飛び込むのだ!

Tribal & Zen Inquiry in 和尚庵
9月18日、19日、20日(2泊3日)

http://awareness-intensive.jp/tribal-zen.html































7.27.2010

エニアグラムは生半可じゃない!

もうすぐTuriyaのエニアグラムがやってくる! もう私はドキドキしているよ。最初にエニアグラムに出会ったのは数年前、ちょっとお遊び程度に聞き流していた。しかし、今は、これはえらい学問だと思っている。学問だと認めた理由は、人格学に止まらず、これまでの体験によってどのような反応と行動に移るかとう人類学に発展する。人類学とは人間の生物的側面と文化的所産とを研究する学問のこと。生物として、文化の発展途上、環境、周囲の種別、ありとあらゆる側面にも関係する。その上で、私はどのような傾向にあるのか? ここで私自身がこれまでに失敗を積み重ねてきたその原因と要因がある程度、明らかになると言うことなのではないだろうか? 

それは、苦手な事や物に対する正しい認識と、それにどう立ち向かうかを理解することなのだろう。より良く自分を理解し、受け入れることにもつながる。起こっていない事への怒りよりも、起こっている事への感謝につながる。そうしてこなければならなかった自分を優しく抱きしめてあげたい気持ちと、これからはもっと自分のコアにつながって、素直でいることへの勇気。そう、自分の気持ちに正直に素直でいれること。ここからでないと人生は地獄のようなものだ。自分をごまかして、自分に嘘をつく。夢の世界でゾンビのように生きる事になってしまう。きっと、私の課題は愛についてなのだろう。愛は自分につながらないと感じることが出来ない。

初恋

昨日、twitter と言う代物に手を出した・・・半信半疑だが、ちょっとやってみようと思った。このBlogにも装置してある。そんなこんなで twitter からネットサーフしていくと政治家の丸山珠代さんのHPにでくわした、彼女がどんな人かというビデオがあって、「初恋は?」という質問に答えていた。自分のことに置き換えて思い出してみると、幼稚園の同じクラスの男の子がそうなのかな?っと思った。自分の家の周辺から少し離れた別の区画の子、当時の私にとっては見知らぬ世界に住んでいたという感じだったのだろうか? 始めて、お姉ちゃんや近所の友達抜きで、私とその子の2人だけで一緒に遊んだ。ん〜、デートの走りでしょうか? それを思い出すと、小学生1年生の頃、同じクラスになった男の子と休み時間になるといつも2人で校舎の裏で地面に埋もれた大きな石を歯医者さんごっこと名指して木の棒でつついては掘り返す遊びをしていた。あの頃はいったいどんな会話をしていたのだろう? とても興味深い。

7.26.2010

マインドは夢を見る!?

マインドが夢を見る・・・、これは、考え事の延長戦になるのだろうか。ものを考え始めたとき、その先を想像してみる・・・、まだ起こってもしないことを心配したり、希望を持ったり。これも夢の一部なら、ほんとうに気をつけてないと “今ここ” にいれないなぁ。どこからが夢で、どこまでが現実なのか・・・。今、ここに戻ってくる。、そしたら、私は何する人ぞ・・・。

7.25.2010

落ち着いて、そして、思い出して

次から次へとやってくる、ひとつ終わったらその次がすぐそこに控えて待っている。波打ちぎわにいて、やってくる波を全身でうけているかのようだ。その波を起こしているのは自分であり、そして、まるで、私がその波を受け取れるか試されているみたいでもある。その波の形がどうであろうとも、慌てず、出来ることを誠実にやっていこう。思い出して・・・私は天に身を捧げた者、私に出来ることは与えられたことを意識的に、そして誠実にやること。思い出して・・・、私の出来ることに限りはあるが、誠実でいようとする意志は自分のもの。落ち着いて、私はここで何をやっているのか、思い出して。

7.23.2010

エニアグラム/私の中に誰がいる?

8月5日から始まるエニアグラムはまさしく! 「私の中に誰がいる?」という公案そのもの。エニアグラムは自己と他者を理解するもっとも優れたガイダンスであり、9つの人格ごとに特徴があり、もっと自分をよく知る、自分の傾向に気づくことが出来る。私の持つ世界観、個人的見解からくる動機と行動スタイル、コミュニケーションのと取り方、ああ、なるほど、私の行動とその動機の背景はこういう事だったのか。



〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜

<エニアグラム&パーソナリティ「自由への扉」>


日時:2010年 8月5日〜8日
場所:JMAアソシエーツ2F/東京都品川区
参か料金:88,000円

お問い合わせ:AIJインフォメーション info@awareness-intensive.jp
加藤コマラギータ 090-9047-2209、斉藤ダソ 090-7599-3693


7.21.2010

長座

長の座と書いて、長座。なんと響きの良い名前なんだろう。ここのお湯は最高だった。和尚庵のリトリートの帰りに温泉へ! 温泉好きの私には天国そのもの! こんなお風呂が我が家にあったら仕事に出かけるなんてあり得ないだろう。うききき ヾ(^^へ)


















和尚庵での <who is in ?> リトリート

「who is in ? 」のメソッドがどんどん広がっていく。今回は愛知県の里山、足助にある和尚庵で2泊3日のリトリート。集中した時間の中で自分に問い掛ける、「私は誰か?」、「私の中に誰がいる?」。who am I ? と、who is in ? 。今回、私は「who is in? / 私の中に誰がいる?」を選んでインクワイアリーをした。前に座る人にアンカリングされ、自分の内側を見つめる。嘘のない世界にたどり着くのに少し時間がかかる。恥ずかしいこともあるし、ばかげたこともある。だけど、それらはみんな私の中の世界にある。認めるのに時間がかかるし、それに、エゴが必死にいいわけを考える。清水の舞台から飛び込む勇気を持って認める!すると、すぐその後に頭の中の思考の世界(エゴの世界)が形を変える。ダイナミック瞑想と一緒にこれを続けると混沌とした夢遊病のような世界からあるがままの現実の世界へと戻る道に明かりがともされた。ああ、よかった。道に迷ったらやっぱりこのリトリートが私を正道に引き戻してくれる。サットプレムとヨーコのミュージックサットサングでも心がやすらいで広がった。


























7.15.2010

正直でいること

ひとつ頭の中に残っていた疑問と残念な気持ち、思い切って相手に伝えてみた。それをするのにやはり勇気がいった、今更なにを言い出すのかと思われるのではないかと、数ヶ月も前のことだから。やはり相手には伝わらなかった感じがする。ことの最初から何かおかしいぞ!っと私の中でアラームがなっていたのを知っていた。そして、この日までも、何かが違うと感じているのにそれを殺して私の中に閉じ込めておくことは出来なかった。メールのやり取りで最後に私自身は清々しく感じられた。気持ちを伝えたからだ、もやもやしたものが薄れていく。受け入れてもらえないと残念だけど、そういう思いがあるのは相手に伝わったであろう。人は近くにいると逆に言葉が邪魔になるけど、遠くにいると言葉がとても大切になる。たとえどんなことであれ、私は勇気を持って自分の気持ちを正直に伝えたいと思う。お互いに心が開けるように。

7.14.2010

love making

love making ... エッセンシャルな行為、愛がそこにないとすれ違うね。
love making ... もっと儀式的にできるよね、急ぐ必要なんてないね。
love making ...  受け入れることで成立するよね。
love making ...  自分のまったくの中心に触れることができるよね。
love making ...  嘘のない世界だね。
love making ...  恐怖が消えたら、そこに何が残るかな。
love making ...  本当に愛し合ったら、残るのは満ち足りた至福。
love making ...  瞑想的に行うと、ぶっ飛ぶね、ノーマインドの世界だね。

* 和尚の講話 youtube から・・・
          http://www.youtube.com/watch?v=xbyOE2_Yssw *
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そして、もうひとつ

* 和尚の講話 「selfish」について
http://www.youtube.com/watch?v=8LfUvi1bof8&feature=channel  *
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はとバスツアー

初めて東京はとバスツアーに参加した、英語のジョークが満載のガイドさんに感心、東京都中心部の皇居、もとは江戸城の凄さに圧倒されました。普段、電車で移動する時よりも、バスで東京都内を観光すると東京がメガシティであることにさらに気づかされる。外国のいろんな都市を訪ねてきたけど、こんなに大きく混沌とした日本の大都会は他には類をみない。皇居の周りはランニングしている人が多いが、今度、皇居の周りをゆっくりと歩いてみたいとおもった。皇居の周りの東京の町の様子や景観をみてまわりたいな。とにかく、東京はでかい。

デザイン

ん、これでいいかな。

7.11.2010

自分を観察している

普段の生活の慣れ親しんだ時間のなかではあまり感情や思考の動きに変化はなく、常にシュミレーションを繰り返しているようであるが、ちょっとしたイベントが実際に起こっているときに自分を観察していると限界のパターンがよく分かる。限界のパターンとは、感情と思考の許容範囲のエッジにたったとき、どう展開させたいのか、そのためにどのような行動に出るか。

もちろん、自分の望む方向に事がハプニングしていくように願いながらちょっとした行動に出て、そして、その結果がどうでるか待つ。微妙にもろく弱々しい体験的瞬間だ。この時、自分自身にちゃんとつながっていないと道を外してしまう。なぜ自分はそう望むのだろうか? それによって何を得ようとしているのか? その方法で本当にほしいものが手に入るのか? 頭の中で何度も何度も自分に問い掛ける。それによって私は何を埋めようとしているのか? 

エゴが心の中で小さく固まって震えている。誰か、私を助けてと。いつの間にこんなに小さくなったんだろう? 今この瞬間はそれと一緒に過ごす。この小さな私がやすらぐまで。

6.25.2010

セルフヒプノシス

セルフヒプノは効く! 昨日のBlogの最後に「ぐっすり寝てやる!」と書いた。今日、昼食を食べて後、なぜかベッドに倒れ込み夕方5時頃まで目が覚めなかった。ぐっすり寝たのだ。フリルのパジャマは買いには行けなかったけど。

脳に言い聞かせることのパワフルさを実感。このようなハプニングはいいのだろうけど、心配性の人の心配が現実に起こると言うのはこういう事なのだろう、そう思い込んでいるから、すべてがそっちに向いてしまう。穴に落ちないように気をつければつけるほど、穴に引き寄せらる。

今日みた映画がまさにその通りだった。カトリック教の学校の校長をしているナンが講義をしにやってきた牧師を疑う話。彼女の疑いが彼女を乗っ取り、ついには牧師を追い詰めて教壇から立ち退かせ、追い出してしまう。最後は、彼女自身が自分の罪深い<疑いの心>に恐れおののいているシーンで終わる。疑いと言う呪縛にがんじがらめ。このような思い込みもセルプヒプノと同じように作用する。

こういう事は、私たちの生活の中にも日常茶飯事として起こっていると思う。ただ、自分では気がついていないだけで。思い込み・・・それに振り回されている。<思い込み>と、<気づき>とはまったく正反対のこと。一瞬一瞬に開いていると、思い込みなどそこにはないのだろう。思い込みは私たちのつくった世界でもあり、社会でもある。こう言ってしまうと、私たちはセルプヒプノの世界の中に住んでいるようだ。

6.24.2010

私が学んだこと!?

目の前の仕事が溜まっていくとき、または、解決しないといけない事柄が増えてきたとき、ため息が出る。処理しても処理しても、次から次へとよくもまあ、やることがどんどんやってくるものだ。全部やりきれるだろうか? っと心配になるときすらある。

頭の片隅に「ああ、かばんにシャツとジーンズと何枚かの下着をつめて旅に出たい、読み応えある小説をもって・・ただぶらぶらとひとりで・・・」、でも、私が学んだことは、どんなことであろうと、いまあることを自分の出来る範囲の最高の努力をもってやり遂げることが自信につながるということ。人に評価されるためにではなく、それが下手でもいい、うまくやろうとしなくてもいい。

旅に出るのはその後でいい、逃げるようにではなく、自然と押し出されるようにだ・・・、ふん、そう自分に言い聞かせて、また踏ん張ってがんばる、コツコツと、ひとつひとつの仕事は終わっていく。

・・・今、思っているのは、遠くに旅に出なくても近くのデパートで夏物のパジャマを買いに行きたい。
ふー、近々、デパートに買いに行くぞ〜〜〜 フリルのついたやつ買うぞ〜〜〜〜
かわいいパジャマを買うぞ〜〜〜〜〜、そしてそれを着て! ぐっすり寝てやる

6.22.2010

気持ちの入れ替え

人生はつねにチャレンジさせられる、ひとつ片付いたら、次の問題、そして重複するように次から次へと・・・出来るだけ、淡々と機械的にやりすごしたいと目をつぶって渡ろうとする。だけど、脳裏では、どう扱ったらいいのか試行錯誤だ。答えAに従うのと、答えBに従うのではこの先の状況が変わるのだろうか? 心が底沼に落ちてしまわないように、蜘蛛の糸にしっかり捕まって上をみては下を見て、下を見ては上を見て。いろんな考えに翻弄されつつも、結局のところ、最後には手放すという結論にしか達しえない。今この瞬間の努力だけが身を結ぶ。そして、この瞬間の努力とは<開いていること>。こんなメソッドを私に示してくれたあの人に感謝。人生はタオ、タオとは人生。苦悩は光に出会う扉、笑いは咲き誇る満開の花のようだ。

6.17.2010

昏睡状態のクライアント

トルコで働くクラニオ仲間に昏睡状態にあるクライアントについてコメントを求められた。しかも、呼吸器器具をつけての延命的処置にある人らしい。親族の方がクラニオを施してほしいと数回のセッションを行ったらしいが、友人はただ原初呼吸に注目しながらそこにいることだけだったろう。

ジムジェラスのバイオ調査チームで学ぶオステオパスのゲリーにきいてみた。彼のコメントは「難しい状態、昏睡状態にある人は体にいないだろう、こういう場合、体の外側: zone C から波動(クラニオ特有の)を調律するようにと助言される」*zone C とは部屋の中の集合エネルギーと、愛を持って癒したいという気持ちの両方を指す

私からのコメントは、それに加えて、すべての物質はある状態から戻るべき状態にスムーズに移行するのが理想的だと思える。クライアントに向かうとき、プラクティショナーも自分自身を解放し、無限の空間に身をまかせ、あらゆる執着を手放し、ソースへと深く意識を覚醒させることが手助けになるのではないかと思う。

6.16.2010

にっぽん

はやぶさと、ワールドカップ日本代表、やったね!
にっぽん!まだまだがんばる!私もがんばる!

6.15.2010

ゲリーOD.,

友人であるゲリーはクラニオセイクラルバイオダイナミックスのワークにも精通しているニューヨークのセントバルナバス病院に勤めるニューロマスキュラースケレタルメディスンの専門医。ニューヨークの緊急病院と言えば、どこかのチャンネルでやっていた人気の番組を思い出す。

7月にCHAでやる組織ワールド特別クラスに彼を講師で招待した。数日前まではお互いに忙しく、以前に決めた授業内容の項目を確認し合うことができなかったが、ここに来てようやく、スカイプやメールのやり取りでその準備に取り組みはじめた。これがなかなか、ニューヨークと大阪という遠距離ワークでたいへん! 充実した楽しいワークショップを開催するために下準備は欠かせない。http://healingart.jp/tissue3.html

私たちのクラニオバイオのワークも、私はフランクリン、彼はジムジェラスから学び、いい意味で影響しあい良い勉強になると思う。特に私はクラニオを貪欲に学びたいという傾向がある。彼を招待したのもそのことからだ。解剖学という専門分野にいたっては彼はプロである。私が聞きたいことの多くを語ってくれるだろう!今から待ち遠しい !(^^)!

6.13.2010

そういうことか!

数日前、とつぜんドキッとした。
まさしく、投影とはこういうことだったんだ。

この世にある物体すべてが投影されるもの、もし、
目に見えるものがなければ、そこに何も投影できない。

<投影を体験する>というのは言葉にするとおかしなもんだが、
この体験は私を唖然とさせた、知識としてではなく、体験は生々しい。

投影は脳のなかで起こっている、世界観は脳の中で起こっている。
私たちは同じ脳を共有している、だから同じような世界に誰もが住んでいる。

この世界観は粘着性があり、誰もがそこから出ることが難しい。

光明の世界で夢から覚めるとはこと言うことだったんだろうか?
この粘着的世界観から解放されること。

6.12.2010

妊婦さん

先週、先々週とクラニオバイオのコースが続いた。

私のクラニオクラスの、参加者とアシスタントに来てくれている
両方に妊婦さんが一名ずついる、胎児を抱えて。

彼女たちはとても不思議で美しい存在となって
私たちに生命のパワフルさを体感させてくれた。

クラニオ的触診で妊婦さんに触れさせてもらうと、驚くことに!
2つの生命フォースが感じられ、2つのモーションが知覚される。

どちらかというと、胎児の方がパワフルだ!!!!
お母さんの存在は胎児の後側に潜んでしまっている。

ひとりの妊婦さんは授業中であっても
気を失ったように眠気のなかに引きずり込まれ、
もうひとりの妊婦さんはことある事に口に食べ物を運んでいる。

言い方が正しくないかもしれないが、まるで・・・
エイリアンに乗っ取られたように。

彼女たちもそのように表現して笑っている。
身ごもるとは凄いことだったのだ!

5.25.2010

つぶやきは危険

これまで、あまりブログを書いてきた経歴はない。一度トライしたが、私の何を書けばいいか、あまりよく分からなかったし、今でもあまりよく分からない。ミクシーでも最初は何かを書こうとしたが、今は日誌を書くことがまったくなくなった。テキストなどとは違い、自分の体験や意見などを書くと、それはその瞬間にまったく違ったもののように感じてしまうからだろう。でも、今回、それにチャレンジしている。きっと自分の言葉が見つかるのだろう。

その点、つぶやきなどは、無意識と意識がつながり、表面に現れた瞬間の言葉だからもっとリアリティがあるのだろうな。私の友人に、私を前にして独り言をいう奴がいた。そのつぶやきは、奥深くから来た疑問や納得した時の言葉なので、どきっとさせられる。彼はそれを、自分に言い聞かせるかのようにつぶやく。それを横で聞いていると、私自身が不安にさせられたこともあった。人の心の内側を盗み聞きしているようなものだからだ。私が盗み聞きをしたのではなく、彼が私の前でそれをするのだ。まったく持って無防備な奴とでも言おうか、それとも、無意識に私に知らせたいのか? どちらにしても、無意識の層にはとてつもないものが潜んでいる。

人間の混沌としたもの、不安、恥、邪悪、ジェラス、疑惑、混乱、狂気、淫乱・・・、無意識の層には良いものも潜んでいるのだろうか? 良いものだとしたら意識の下に埋めてしまわなくてもよいはずだしね。これらがすべてが結集されて、ある決断を下す一歩手前あたりで意識に上がってくるのだろう。すごく危険ではなくなっているようなものに変化してから。負の集合体がある一定のバランスを保ちながら正に向かう回答を叩き出さねばならないかのように。きっとそのための道徳であったり、一般常識を子供の頃から仕込まれるのだろう。疑問はここにある、私の本当の正体は道徳でも一般常識でもない、さらには不安、恥、邪悪・・・でもない。ならば、いったい何であるのか?

5.24.2010

クラニオバイオのテキスト

コースが始まる前に必ずテキストを再確認して少しの編集が入る。今回は組織ワールド3にオステオパスのドクターをお呼びしての特別講義になるので、いつもの組織3の授業内容を前倒しにしなければならない。組織1と2のテキストにその内容を加え直すのだ。

このようなテキストの再編集は手間がかかるが何度やっても自分のためになる。徐々に無駄が省かれ、その時に入れたいことを加えていく。自分がつくったテキストであっても、本当に関心してしまう。ここに書かれていることのほとんどは資料を見なくても私の口から軽やかに出てくることができる。でも、物覚えは良くない方だから解剖学の名称などは普段使わないと忘れてくる。以前は英語で覚えた特殊な名称も日本に長くいると忘れがちになってくる。

テキストに体験的内容を言葉にして書くのは難しいな。それが知覚的な体験だからなおさらに。なので、テキストはどうしてもクラニオの基本的な知識の内容になってしまう。だから読む者にとって難しくないようにシンプルがいいのだろけど、やはり特殊技能についてなのでそれなりの理解が得られる内容でなければならない・・・とも思っている。だから、もっともっと視野を広げた内容、もっともっと読むほどに夢中になるようなテキストを書いてみたい。

5.23.2010

寝る

皮膚科の先生の言いつけ通り、ここ2日間は1時までにはベッドに入って寝た。両夜とも8時間は十分に寝たでしょうか。ほんと、今までの寝不足を取りもどすようにぐっすり。これはひょっとしたら調合してもらった漢方が効いているのではないかな。

以前に、英文の大きな本を持って北インドを旅していたとき、山間にある宿舎で一日中ベッドにいて、起きては読み、読みくたびれては寝て、という日々を過ごしたことを思い出した。あんな贅沢な日がもう一度戻ってくることを目標に、また仕事をがんばろう!っと自分に言い聞かせる。

ヒマラヤの麓は毎晩、天の川がきれいに見える。

5.21.2010

身に覚えあり

ほっぺが赤らんでもう数週間が経つ、とても小さなニキビのような腫れがあちらこちらに現れては一日もしないうちに消えていく。この小さな腫れはかゆみがあり、熱も伴っている。原因は何か?

1ヶ月前ごろに姉と一緒に顔の上をごろごろ転がすゲルマニュウムというものを買って転がしていた。その少し前まではインドでとても健康的な食事をしていたのに、日本に戻ってからあまりに食べ物が美味しいので暴飲暴食をした。日本では夜夜中にコンピューターに向かって期限ありの仕事に没頭していた。

ようやく今日になって、お姉ちゃんに「首の所にも小さな腫れができたよ」と言ったらヘルペスではないか?と言われて怖くなって皮膚科の先生に会いに行った。大きな病院はこれだからいやだ、2時間以上も待たされた。苛立ちの爆発寸前で名前を呼ばれた。

救われたのは、とても良い先生だったこと。この先生は西洋医学と言うより漢方医学に精通していたようだ。要するに、私の顔の赤みは暴飲暴食による胃と肝機能の低下、不規則な生活、ストレス、顔をきれいに洗いすぎて薄くなった皮膚を太陽光線にさらしている、塩分の取りすぎ・・・エトセトラだった。身に覚えあり (◎-◎;)

先生が言うには、夜中の1時から3時の間は絶対に寝ること。この間に寝ない人は損しているのも同然らしい。この時間が体がいちばん睡眠を必要としているらしい。それから食事はゆっくり食べること、急いで食べない。

気をつけよう!もう無茶をする年頃でもないか d(^-^)ネ! 先生は漢方の飲み薬をくれた。

5.18.2010

家と旅


家は私にくつろぎを与えてくれる。そして!掃除が大好き、その後に得られるものは、安心感、新しい意欲、清々しさ。頭の中、部屋の中、机の上、いるものといらないものが区別されて、いらないものは捨てられ、いるものは整理される。私の中に新しい空気が流れ込む。ふと、空を見上げる、青空が私を誘っている、旅の支度をしなければ。次の住処はどこなんだろう? どこでもいい、世界は広い。家で過ごす日、旅をする日、どちらも大好き。

5.17.2010

魚にえさを (^x^)

いけすクリックして餌をあげてちょ

時間の感覚

時々、時間は過ぎているのだろうかと心配する。同じように机の前に座って同じ仕事に関わっているからだ。期限が迫っているので時間は経っているのだろう。でも、頭の中では止まっているように感じる、不思議・・・