6.25.2010

セルフヒプノシス

セルフヒプノは効く! 昨日のBlogの最後に「ぐっすり寝てやる!」と書いた。今日、昼食を食べて後、なぜかベッドに倒れ込み夕方5時頃まで目が覚めなかった。ぐっすり寝たのだ。フリルのパジャマは買いには行けなかったけど。

脳に言い聞かせることのパワフルさを実感。このようなハプニングはいいのだろうけど、心配性の人の心配が現実に起こると言うのはこういう事なのだろう、そう思い込んでいるから、すべてがそっちに向いてしまう。穴に落ちないように気をつければつけるほど、穴に引き寄せらる。

今日みた映画がまさにその通りだった。カトリック教の学校の校長をしているナンが講義をしにやってきた牧師を疑う話。彼女の疑いが彼女を乗っ取り、ついには牧師を追い詰めて教壇から立ち退かせ、追い出してしまう。最後は、彼女自身が自分の罪深い<疑いの心>に恐れおののいているシーンで終わる。疑いと言う呪縛にがんじがらめ。このような思い込みもセルプヒプノと同じように作用する。

こういう事は、私たちの生活の中にも日常茶飯事として起こっていると思う。ただ、自分では気がついていないだけで。思い込み・・・それに振り回されている。<思い込み>と、<気づき>とはまったく正反対のこと。一瞬一瞬に開いていると、思い込みなどそこにはないのだろう。思い込みは私たちのつくった世界でもあり、社会でもある。こう言ってしまうと、私たちはセルプヒプノの世界の中に住んでいるようだ。

6.24.2010

私が学んだこと!?

目の前の仕事が溜まっていくとき、または、解決しないといけない事柄が増えてきたとき、ため息が出る。処理しても処理しても、次から次へとよくもまあ、やることがどんどんやってくるものだ。全部やりきれるだろうか? っと心配になるときすらある。

頭の片隅に「ああ、かばんにシャツとジーンズと何枚かの下着をつめて旅に出たい、読み応えある小説をもって・・ただぶらぶらとひとりで・・・」、でも、私が学んだことは、どんなことであろうと、いまあることを自分の出来る範囲の最高の努力をもってやり遂げることが自信につながるということ。人に評価されるためにではなく、それが下手でもいい、うまくやろうとしなくてもいい。

旅に出るのはその後でいい、逃げるようにではなく、自然と押し出されるようにだ・・・、ふん、そう自分に言い聞かせて、また踏ん張ってがんばる、コツコツと、ひとつひとつの仕事は終わっていく。

・・・今、思っているのは、遠くに旅に出なくても近くのデパートで夏物のパジャマを買いに行きたい。
ふー、近々、デパートに買いに行くぞ〜〜〜 フリルのついたやつ買うぞ〜〜〜〜
かわいいパジャマを買うぞ〜〜〜〜〜、そしてそれを着て! ぐっすり寝てやる

6.22.2010

気持ちの入れ替え

人生はつねにチャレンジさせられる、ひとつ片付いたら、次の問題、そして重複するように次から次へと・・・出来るだけ、淡々と機械的にやりすごしたいと目をつぶって渡ろうとする。だけど、脳裏では、どう扱ったらいいのか試行錯誤だ。答えAに従うのと、答えBに従うのではこの先の状況が変わるのだろうか? 心が底沼に落ちてしまわないように、蜘蛛の糸にしっかり捕まって上をみては下を見て、下を見ては上を見て。いろんな考えに翻弄されつつも、結局のところ、最後には手放すという結論にしか達しえない。今この瞬間の努力だけが身を結ぶ。そして、この瞬間の努力とは<開いていること>。こんなメソッドを私に示してくれたあの人に感謝。人生はタオ、タオとは人生。苦悩は光に出会う扉、笑いは咲き誇る満開の花のようだ。

6.17.2010

昏睡状態のクライアント

トルコで働くクラニオ仲間に昏睡状態にあるクライアントについてコメントを求められた。しかも、呼吸器器具をつけての延命的処置にある人らしい。親族の方がクラニオを施してほしいと数回のセッションを行ったらしいが、友人はただ原初呼吸に注目しながらそこにいることだけだったろう。

ジムジェラスのバイオ調査チームで学ぶオステオパスのゲリーにきいてみた。彼のコメントは「難しい状態、昏睡状態にある人は体にいないだろう、こういう場合、体の外側: zone C から波動(クラニオ特有の)を調律するようにと助言される」*zone C とは部屋の中の集合エネルギーと、愛を持って癒したいという気持ちの両方を指す

私からのコメントは、それに加えて、すべての物質はある状態から戻るべき状態にスムーズに移行するのが理想的だと思える。クライアントに向かうとき、プラクティショナーも自分自身を解放し、無限の空間に身をまかせ、あらゆる執着を手放し、ソースへと深く意識を覚醒させることが手助けになるのではないかと思う。

6.16.2010

にっぽん

はやぶさと、ワールドカップ日本代表、やったね!
にっぽん!まだまだがんばる!私もがんばる!

6.15.2010

ゲリーOD.,

友人であるゲリーはクラニオセイクラルバイオダイナミックスのワークにも精通しているニューヨークのセントバルナバス病院に勤めるニューロマスキュラースケレタルメディスンの専門医。ニューヨークの緊急病院と言えば、どこかのチャンネルでやっていた人気の番組を思い出す。

7月にCHAでやる組織ワールド特別クラスに彼を講師で招待した。数日前まではお互いに忙しく、以前に決めた授業内容の項目を確認し合うことができなかったが、ここに来てようやく、スカイプやメールのやり取りでその準備に取り組みはじめた。これがなかなか、ニューヨークと大阪という遠距離ワークでたいへん! 充実した楽しいワークショップを開催するために下準備は欠かせない。http://healingart.jp/tissue3.html

私たちのクラニオバイオのワークも、私はフランクリン、彼はジムジェラスから学び、いい意味で影響しあい良い勉強になると思う。特に私はクラニオを貪欲に学びたいという傾向がある。彼を招待したのもそのことからだ。解剖学という専門分野にいたっては彼はプロである。私が聞きたいことの多くを語ってくれるだろう!今から待ち遠しい !(^^)!

6.13.2010

そういうことか!

数日前、とつぜんドキッとした。
まさしく、投影とはこういうことだったんだ。

この世にある物体すべてが投影されるもの、もし、
目に見えるものがなければ、そこに何も投影できない。

<投影を体験する>というのは言葉にするとおかしなもんだが、
この体験は私を唖然とさせた、知識としてではなく、体験は生々しい。

投影は脳のなかで起こっている、世界観は脳の中で起こっている。
私たちは同じ脳を共有している、だから同じような世界に誰もが住んでいる。

この世界観は粘着性があり、誰もがそこから出ることが難しい。

光明の世界で夢から覚めるとはこと言うことだったんだろうか?
この粘着的世界観から解放されること。

6.12.2010

妊婦さん

先週、先々週とクラニオバイオのコースが続いた。

私のクラニオクラスの、参加者とアシスタントに来てくれている
両方に妊婦さんが一名ずついる、胎児を抱えて。

彼女たちはとても不思議で美しい存在となって
私たちに生命のパワフルさを体感させてくれた。

クラニオ的触診で妊婦さんに触れさせてもらうと、驚くことに!
2つの生命フォースが感じられ、2つのモーションが知覚される。

どちらかというと、胎児の方がパワフルだ!!!!
お母さんの存在は胎児の後側に潜んでしまっている。

ひとりの妊婦さんは授業中であっても
気を失ったように眠気のなかに引きずり込まれ、
もうひとりの妊婦さんはことある事に口に食べ物を運んでいる。

言い方が正しくないかもしれないが、まるで・・・
エイリアンに乗っ取られたように。

彼女たちもそのように表現して笑っている。
身ごもるとは凄いことだったのだ!