11.28.2011

生後一ヶ月からクラニオコースにご出勤のあかりちゃん


CHA(クラニオバイオ)で学ぶひとつのクラスが
ファンデーションコースの最終モジュール10をむかえた。

このクラスは何かと特別だった・・・
もちろん他のクラスもユニークな人たちが集まっているが、

このクラスではコースの途中に妊娠/出産され、クラスの仲間の
同意とサポートを受けて最後まで無事、コースを修了された人がいる。

妊娠中、出産後、クラニオバイオのセッションを受けながらだから、
まったくもって理想的。

そして、生まれたあかりちゃんは生後一ヶ月の時から
お母さんと一緒に毎回コースに参加。

一才と一ヶ月になったあかりちゃんと一緒のコースがこれが最後? 
会えなくなるのが少し寂しいかもです(><)



きゃ〜くすぐったいよー
でもまだしゃべれない


ママの背中で一緒に
ロングタイドに浮かんでるからぐっすりでちゅ

休憩中はみんなが寄ってくるよ

私が眠るとみんなが安心して
交換セッションできるんだって・・・

交換セッションの時間に寝ないと、ぐずらないように
こまちゃんが必死になってあやしてくれるよ


やさしいお姉さんがいつもそばにいてくれるから
私は大人の中でもひとりぼっちではないよ

最後のコース、1才と1ヶ月になったよ
みんなが交換セッションしているとき、
こまちゃんが遊んでくれるのよ〜ん







この椅子、押すと動くの
だから押しながら部屋の周りをお散歩よ

このクラスの人たちはよく踊るの
私も楽しくなってくるよ


11.22.2011

ギリシャから戻る・・

昨日、ギリシャから戻った、やはり時差ぼけには勝てない。今日の昼過ぎまで目が重たく、起きれなかった。2週間のサトリで得たこと、まずは、体の調子復活。毎日ダイナミックとその他のアクティブ瞑想が体の浄化と矯正をしてくれた。少しばかりヒップアップしたのではないかと密かに喜ぶ (^^)

2週間ぶっとうし、公案と向き合うこと、なんと贅沢で苦しいことだ。何度も何度も、ああ・・こりゃだめだっ! と投げ出したい気持ちと、どこにもたどり着けないいらだちと共に否定的な思考に引き込まれていく。

No Mind 、私の期待は焦りと化し、最後の方でマインドの攻撃すらかわせない日が続いた。そして・・・それすら、もうどうでもいいやとその状態に身を委ねる。この時点で、私の公案は who is in? から<コンシャスネス/意識>に変わっている。

これはいったいどういう現象なんだ!? っと夢でも見ている気持ちにすらなってきた。生そのものが夢であった! と核心に迫る。だが、コンシャスネスは決して眠らず、また夢も見ない。では、人生という夢を見ているのは誰? 公案は謎解きではないと分かっていても、ああ、謎に魅入られていく。




















Tell me what consciousness is.

このように問い掛けられると、コンシャスネスト/意識は・・・っと続く。朝、眠りから目覚める瞬間、思考が始まる前に私は自分が起きたことに気づいている。

それは誰?

そして、思考が働いていなくても、私の日常が連続してうまく機能している。

それは何故?

ただの脳の働きとは思えなくなってきた。私は一度、パニック症候群の恐怖に耐えた経験がある。3年ほどで回復を見たのはたぶん、他の患者に比べて脅威的に早いのだろうと自覚していた。それも、病院にも行かず、薬も服用せずに耐えたのだ。しかし、この時の恐怖はきちがいになって病院送りになってしまうのではないかと変わっていた。

その時、何故、私は助かったのだろう? 私はすでに瞑想を知っており、セラピーも学んでいた。これこそが私を救った要素であり、病気のときでさえ、私のコンシャスネス/意識が、もしくは自我が健全だったのだ。パニック症候群の様々な症状があったときでも、私自身が<意識>としっかりつながっていたからだと思い起こした。精神を病むとは、自我と意識の連結が途切れたことだと知るに至る。

肉体のレベルから言って<意識>は生命固有であり、生命を一定の状態に保っているのだと知る。そして、それこそが私の核であり、全部なのだと思う。体はコンシャスネスを運ぶ物体であるのだろう。インテレクチュアルな概念は良いとしても、公案は哲学ではない。

意識が目覚めていくと、知覚感も変わっていく。思考の囚われから解放され始め、穏やかになり、すべてがオッケーなのだと細胞のひとつひとつが新鮮さを味わい始める。今回、私の期待を満たさなかったのも<意識>の仕業であろうと確信している。つまり、私の愚かな期待以上に<意識>は私に働きかけているのだと理解した。

最後の日、私はマスターにこうべを垂れた。私のやることはすでに終わり、あなたの思うままに私を使ってくださいと。














10.31.2011

ギリシャで2週間の who is in

明日からギリシャ、これは4年前から行くことに決まっている
2週間の「Who is in?」GangaとAvikalが主催。

2年に一度しかないリトリート、そして、2年前、
私は父の入院のために断念せざる終えなかった。


4年に前に振り込んでいる前払い金、
そして、手元には飛行機のe-チケットもある。


しかし、あれから2年経ったまさにこの時期、
正直言ってそんなに都合のよい場合でもないのだ。

東日本大震災もあり、ボランティア活動にいそしんでいる。
そして自分自身の仕事・・・

ここ数日、考えていることがある。
向こうに行って私は、自分の何にアクセスするんだろう?

そして、昨日から感じていること、
私は死ぬんではないか?っということ。

去年、親しい友人が亡くなった。
彼はいい時期に亡くなったのかもしれない。

今、この地球は悲鳴を上げ始めた。
私は、ギリシャで足止めを食う覚悟で行かなければならない。

ギリシャからさほど遠くないトルコでも大地震が起こった。
ギリシャは今、国自体が大破産で荒れに荒れている。

ひょっとしたら、この時点で2週間のwho is inを受けるのは
私へのご褒美なのかもしれない。

どうなるか、天に任せるしかない。
私は何をするにしてトータルにやるだけだ。





10.12.2011

父の誕生日

ここ数年、仕事の関係で、恒例となっていた父の誕生日のふぐ鍋パーティに出席できなかった。今年はラッキーかな、私は大阪にいた。この店は子供の頃から何かと祝い事があると行く近所の河豚料理のお店。奈良県でとれた日本の松茸も鍋の具に出てきた。ひょえ〜!久々に美味しい松茸に出合った。本当に美味しかった。




私は前日にオーダーした、 シーズンではないがいいイチゴを選んでもらって沢山飾ってもらったケーキのお山に狸を乗せてもらった。父はこの家族のお山の大将なのだから。マッチョな父だが、ケーキのように美味しい父であってくださいね。




9.23.2011

無意識を観照する

自分の心の動向をじっと観察している、それはそんなに簡単じゃない。一瞬にして外の世界を判断し、どう動くのか決めてしまうか、迷っている。それは無意識に蓄積されたあらゆる体験から計算されるサバイバルなのだ。右を取るか、左を取るか。しかし、行動する前、そして、その判断をする前にとどまっている。とくに、その判断の下にあるもの、もっとプリミティブな世界、それは思考よりも感覚的である。安心していられるか、ざわざわするか。どちらにしても、どちらの感覚にしても、それを見守っている。やがて、それは通り過ぎる。何度も何度も、思考がやってくる度にこれが繰り返される。すると、ある時点で静寂の香りが鼻をくすぐり始めるのに気がつく。ああ、今、此処にいる。しかし、まだ今、此処だ。多少の過去と未来を引きずっている。思考は言葉を発しないが、奥の方ではなにやら会話を続けているようだ。それもまた、観照し続ける。パートナーの目が私をアンカーリングする。2日目の夜に、それは一瞬にして起こった! 参加者全員が一緒に静寂の中に気づきと共に落ちていった。数分、それは続き、そして言葉を発した者から、少しづつ、また、元に戻り始める。その様子も観察している。このような体験は日頃の生活の中でも続けられる。私は続けようと思う。言葉を発する前に、あの静寂を呼び覚まし、一呼吸して、待つ。


この世の草原に私は牛を尋ね果てもなく高い草をかき分ける 
名もない川に従い、遙かな山々の入りくんだ路に迷う 
力尽き、元気も涸れ、求める牛は見つからない 
聞こえるのはただ夜の森に鳴く蝉の声ばかり 

川縁の木々の下に私は足跡を発見する 
かぐわしい草のもとにさえ彼の足跡がある 
人里離れた山奥にも、その足跡は見つかる 
これらの足跡はもう、点を見上げる誰かの鼻の穴より明らかだ



9.21.2011

who is in を終えて

一昨日、和尚庵で3泊4日の<who is inリトリート>を終えて、いろいろな気づきがあった。3日間まるまる自分自身と向き合うので、内なる心の動揺や策略、刷り込みされた頑固なまでの仕組みが見えた。頑固な仕組みは無意識の層に築かれているのがよく分かった。この頑固な仕組みがバウンダリーとなって立ちはだかる。今回、3日間だったけど、これが5日間、7日間だと、もっとブレークスルーすると思う。

アムリッタのセッションから私は私の無意識にとても興味を持ち始めている。公案の最中の出来事、一瞬一瞬の心の動きをはっきりと見て取った。見ているのが苦しいぐらい。その理解が意識にのぼって見れているのは、ほんの一部で、だけど、無意識の中で理解に達していたのを知覚していた。逆にそれほど、観照していたと言える。すごいぞ。who is in を終えても今、まだ、プロセスは続いている、自分という人物についての気づきの連続で驚いている。

昨日、夢を見た、興味深い夢だったのだけど、良く思いだしてみると、私の無意識システムを象徴している内容であった。う〜んっと唸る。私の刷り込みはこのような感じなんだ。そうか、なるほど、納得。この刷り込みをリセットしたい。どんな刷り込みもないところまで。私にとって who is in はどんなセラピーよりも確かだ。








9.12.2011

無意識についてちょっと目から鱗

昨日、アムリッタがヒプノのセッションをしてくれた。
セッション中、私が向き合っていたのは無意識。
アムリッタが丁寧に<無意識>の振る舞いは、単に無駄ではなく、
そこには必然的有効性があると教えてくれた。

うん、なるほど、そういわれてみれば、その通りだ。
でなきゃ、これまで生きて来れなかっただろう。
その角度から見た無意識はちゃんとうまく機能している。
感心した、ちょっと目から鱗な感じ。

同時にほっとした。

無意識と言う用語は一般的にも、どちらかと言うと、
良くないイメージを持っている。
まさに、無意識に「無意識はまったく無能だ!」っと
言う風に私も捉えていたふしがある。

無意識は、内なる民衆の声とでも言おうか、
人類的考えの総合商社とでも言おうか、
体験的理解の引き出しと出も言おうか、
ただ、表面的な意識に上がってこなくても良いものであっても、
その時、自分にとって最大限に必要な反応として現れる。

例え、それが他人から見てばかげた反応であったとしても。
それは、ある理由から必然的反応、行動、行為であろう。
それで、後で思い出してみると、何でそんな反応を!ってことになる。
恥ずかしかったり、自分でも驚いたりで。
しかし、その反応自体がはっきりと明確にものを言っている。

表面的な意識は世間を気にして、悪く言うとつくろう風潮にある。
だけど、無意識は純粋に正直である。
つくろうことが出来ないから発見されないように
意識の届かない層に潜り込むのだ。
だとしたら、私たちは意識より無意識に目を向けるべきだろう。
そこに真実があるのだから。

自分を知るには内なる声に耳を傾ける必要がある。
つくろうために、それを都合良く何か別のものに変えずに、
怖くてもありのままを目撃する。

ちょうど、意識と無意識の混じり合ったところ、
そこを通り抜けるのは一苦労かもしれない。
うまく通り抜けたらピュアーな無意識の層が広がっているのだろうか?
おっ!? それって超意識のことかな? 覚醒のことかな?

ラッキーかな、数日後に控えた
<Who is in リトリート>で私はそれをやってみようと思う。
勇気が湧いてきた、楽しみだ! 今、ちょっと私の無意識に聞いてみた、
おまえは発見されることを楽しみにしているか?

にんまりと微笑んだ私の顔が見えた。

<Who is in 3 day リトリート/9月16日〜19日>
http://awareness-intensive.jp/schedule.html


8.25.2011

Sommer in Orange | Kino-Trailer HD



レンジ色の夏 和尚サニヤシンに必須映画だよー! ドイツでは上映初日、サニヤシンだらけだったらしい。そうりゃそうでしょうね。
http://www.sommerinorange.de/mobile/08.html

ストリーは:
バグワン(和尚)の弟子、アムリッタが子供と一緒にベルリンからバァバァリア(南ドイツ)にセラピーセンターを作ろうとやって来た。セラピー、ベジタリアンフード、瞑想を伝えようとして、伝統的クリスチャンの田舎に大山風をまき散らした。半裸で踊ったらり、インドのマントラを唱えたり、メインアクターのひとりである少女がオレンジの服を着て学校に行くが、他の生徒との違いが感じがしてならない。そして、アムリッタは村のポストマンとセックスをする。サニヤシンの中には元テロリストだった人物もいて、村人は何か悪いことが起こるのではないかと心配になる。だが、その男は、国家にに対するテロリズムに疑問を感じ、人生をやり直そうとサニヤシンになった。この映画はドイツ語ですが、せめて英語の字幕スーパーがつかないかと心待ちにしています。

8.09.2011

元気の出るビデオ、あきらめないぞ!


なんだか、聞いているだけで元気になってきたのが不思議なビデオ
このフレーズ、好きです

「あきらめないぞ!」









8.07.2011

9月16日〜19日/Who is in 3 days リトリート


「Who is in ? - 3 days」リトリート
-------------------------------- 
日時:9月16日(午後1時集合)〜19日(午後3時解散)、 
場所:和尚庵/愛知県豊田市、 
参加料金:35,000円(宿泊食事込み)、 
お問い合わせ:info@awareness-intensive.jp、
加藤こま、まで
 
帰路、なんと、また道草を食っていた・・・
道には幾つもの穴があったんだ、目をしっかり開けてないと、また、落ちる。
帰るところは、「ここ」なのに、
それは一瞬にして果てしなく遠いどこかに姿を消してしまう。
私は誰? 千と一つの物事が私を捕らえてはなさない。
抵抗しても逃れることが出来ないと知る。そして、受け入れる・・・
なんと、言うことだ!
捕らわれの身から自由になるとはこのことか!
------------------------------------------ 
公案「Who is in?」と和尚アクティブ瞑想を行います。
リトリート中はサイレント、すべての時間を瞑想に。
アウェアネス瞑想についてはこちらから:
http://awareness-intensive.jp/

7.28.2011

宮城県被災地の杉山さんの書いた絵

これまでに3度、宮城県石巻市へボランティアにいった。最初の2回はマッサージテーブル持参でボディケア(クラニオ)ボランティア。3度目は、それプラス、アートペインティングイベントを開催。最初は石巻市湊小学校の体育館にて、初めての開催でどうやったらいいのか不安ながらでも、その中で、一人の男性が最初から最後まで懸命に絵を描いていた。最後の片付けまで手伝ってくれた。私は帰る前に、絵を描く道具を彼にプレゼントした。イベント中、彼は3枚の絵を描いた。その中の2枚は私のお気に入りになった。今、手元にある。構図、色の使い方、大胆さ、とてもセンスがいい。2度目のイベントは津波の被害がとても大きく、沢山の家屋が津波によって破壊された牡鹿半島鮎川浜/牡鹿公民館で行った。

私たちは、被災者100人の作品が集まったところで「石巻100人アートペインティング展」を開催することにした。これからも被災地へ出向き、絵を描くイベントを開催し、出来たものからポスターフレームに入れていく。100人展は被災地と東京の2つの場所で行う予定。紙はインドから取り寄せたコットン100%の綿紙。大きさは103cm x 68cm 。ポスターフレームは2700円程度。もし、フレーム代を寄付したいと思われる方、又は、このようなことをサポートしたいと思われる方はこちらへ:

 NPO法人フラワーピープル事務局 npo@flowerpeople.org





6.29.2011

まだまだ

年齢を重ねるごとに経験を積む。自分の思ったことを黙々とやってきたら、ここまで来た。良いも悪いも経験を積んでいくと、ものの道理と法則が理解できるようになってきた。生きるということは事をやり続けることであり、自分と向かい合うことであり、それは、培った能力と実力を実施し、さらに挑戦していくことにつながる。ここに来て、この歳で、仕事が増えていく。これ全部、自分でやるのかと思うと、ぞっとしないでもないが、でも、このやりたいこをそれでもやり続ける。よーやるわ。

6.04.2011

私の子犬ちゃん

すご〜く、懐かしい写真を見つけた!
私がまだ、インドをうろうろする時間的余裕があった頃、
マナリーの家の近所に住んでいるローカルの友人宅にいた生まれたての子犬。
私はこの子と毎日、裏山をうろうろしていたのだった・・・





マナリーの家の窓から見える景色と、裏山の散歩道にある滝。




5.29.2011

被災地でのクラニオ体験とこれからのボディケアボランティア


三陸沖 - 被災地へ、NPO法人フラワーピープル第一弾ボランティアとして尋ねて行った時、私の目的であるボディケアボランティアとして被災地の方々に施術をさせていただくことが出来ました。クラニオセイクラルワークはショックや緊張などにとても効果的とは言え、まだ多くの人に知られているわけでありません。そこで、私はマッサージにも近いワークで身体全体をゆるめから最後にクラニオタッチをしました。受けてくださった方々のほとんどが施術の最後に心地よい寝息を立てていました。

被災された方は大勢います。すべての方に施術を行うことは出来ませんが、このとき私が思ったのは、大勢いるから少しづつというのではなく、ひとりひとりに丁寧な施術を行っていきたいと言うことでした。それゆえ、私に出来ることは、ボディケアボランティアが出来る多くの人達が私たちと一緒にボランティア活動に参加して欲しいと、訴えかけ続けることです。

先日、被災地訪問で伺った東浜地域災害本部の本部長さんから、私が残していった名刺を頼りに直接電話をいただきました。小さな漁港が幾つかあるこの地域の漁師さん達は、毎日、海と漁港の片付けに負われているそうです、身体が悲鳴を言い始め、どうか、私たちの所にボディケアに来てくださいという内容でした。ボディケアに関する救済を現地の方が直接訴えかけている、と言うことです。被災地から遠くにいる私たちは、このような事実をあまり知らないかもしれません、私たちのような技能者にはやることはいっぱいあるのです。

写真は、私が5月12日に訪れた牡鹿半島の小さな漁港です。どれだけ片付けないといけないか見てもらいたいので写真を掲載しました。私たちはここで、漁具回収などのお手伝いをした後、東浜地域災害本部に寄せていただきました。 





5.27.2011

very fresh !

今、ヨーコのコンサート plus 大阪バンドのセレブレーションから戻ったところ。やっぱ、ミュージックメディテーション、ダンスはいいね、自分に戻れるのが早い! PRAY FOR JAPAN ハグしましょう!にもご協力いただきました。皆さん、ありがとう (^^)




ぶつくさ、ぶつくさ・・・。

「くたびれた〜」っぞ!ここ数日。4月に内閣府よりNPO法人として認定されたが、うまく機能するために、その後も沢山の事務的な手続きと奮闘中。銀行のこと、海外からの援助を受けるための非営利paypalアカウント申請の手続き、そのために必要な国税庁からのNPO認定を受けるというプロセスに入っていくのだが、国税庁に電話したり、サイトで資料をダウンロードしたり、見たところ、たぶん専門家に頼まないとえらいことになりそうな気配を感じている。そして、内閣府ボランティアウェブへの参加証明がいる、これはすでに完了しているが、参加した以、記録を残す?ための継続的な書き込みをしていかなければならい・・・、これ全部、私が担当するのか・・・と微妙に落ち込む。

NPO法人といっても、やはり、普通の会社設立のように手間がかかるんだと認識し始めた。ひょっとしたらそれ以上に、非営利団体と言うことで、その活動を証明し続けなければならないのか・・・心の奥で怖じ気づいている私がいる。えらいチャレンジをしたもんだ (^^;) 私の机の上は、調べ物のための記録ノートやメモ、資料で山積み。こんな事務仕事よりも、先日行った被災地でのボディケアボランティアの仕事がしたい。ああ、何だか本末転倒のようにもみれる・・・、が、NPO法人を立ち上げるという目的を遂行していることは間違いのない事実だ。がんばれ、その先はきっと明るい! だが、ゴールを目的としない! 物事は一瞬足りとて同じではなく、変化していく。ただ、取り掛かったことにまじめに取りかかれ!

・・・とは言っても、青い空、青い海、白い砂浜の上でお気に入りのサマードレスに身を包み、ピニャコラーダを口に含みながらぼーっとしている私を想像することは許してくれ!



5.25.2011

なんと優雅な

ひととき、ただ何も考えず、水の中で浮かんでいたいと言う衝動に駆られます。



5.11.2011

宮城県石巻にある南堺生活センターにて

NPO法人フラワーピープルから先発隊として、友人Dasoと車で宮城県石巻にある南堺生活センターに夕方着地。ここは、大震災後ボランティアとして素早く現地入りした人たちが寝泊まりしている場所でもある。愛知県にある瞑想センター和尚庵の Satprem に紹介してもらった吉村さん(牡鹿半島担当者)の伝手でこちらに来ることが出来た。そして、ちょっと意外だったのは、ここで元気で若いボランティアの人たちが共同生活いること。みんな、自己完結型ボランティらしい。自分の出来ることを自立した形で行っている。そして、今この時間、食事を終えて、それぞれが手持ちのノートブックに向かっている。mac air や i pad が多いのも若い人が多いからかな、かくゆう私も、今、マイ mac air に向かってblogを書いている。いい雰囲気だ、ここはまるでボランティ・ネストのようだ、そして、各自のオフィースにもなっているかな? 救援物資に囲まれ、寝袋に包まれて雑魚寝状態だけど、みんな明るい。

夕方現地到着後、私たちが最初にしたのは、ボランティアの人たちが仕事から戻り、専修大学で毎晩行う全体ミーティングと呼ばれるものに参加したことからだ。ここのシステムは本当に良く出来ている。ボランティアを9つの部会に分け、それぞれの団体がそれぞれの特性を生かせる部会に別れ、互いに協力しながら、そして、情報交換しながらボランティアのやり方を膨らませているようだ。そして、毎日行った仕事の報告会を行っている様子、初めて参加した団体は最初に自己紹介をさせてもらえる。今回、初めて来た私たちもNPOフラワーピープルとして自己紹介した。ちょっと、うれしかった。明日から実際に活動し始めるのだけど、また、blogで紹介するね。以下の写真は、専修大学での夜の報告会の様子、みんな素晴らしい人たちだ。(記述記録2011.05.10)








5.09.2011

Who is in 7 days その後に・・・

「who is in?」と言う公案(問い掛け)がパワフルであることを実感した。本当に度胸がいる、自分をごまかせない。アクシデントはどの瞬間にでも起こりえる。取り組めば、取り組むほど、マインドのごまかしが効かなくなっていく、そして、そのごまかしの世界を作り上げている<私>という幻に驚かされる。本当に、穴があったら入りたいくらいに恥ずかしい。幻の世界は、まったく自分本位の世界なのだ。どこまでが自分本位で、どこまでが幻なのか? と言う疑問の余地もないくらい全部だ。気づきに上がってこずとも、私は幻の世界にどっぷり浸かりきっている。それが無意識ということだ。このメソッドを何度か体験しているが、終わりはない。エゴはそうそう退散してくれそうにない。明け渡すには本当に度胸がいる。エゴが入り込んでくる瞬間、その首をひっつかまえないと、私はそれに乗っ取られてしまう。社会の中で生きていると、なおさら、難しい。だが、あり得ない話ではないようだ。「私の中に誰がいる?」と言う問い掛けが現実味を帯びてきた。

友人宅でひと休み

長野県上田市での「who is in? 7 days 」をみっちりやった後、山梨の友人宅へお邪魔した。瞑想の後で静かな環境と美味しいご飯、自然の中にいるとこんなにも深く休息できるのかと実感。新鮮な野菜とトロ〜リとした温泉、久々に山でくつろいだ。インドのマナリーを思い出しながらのトレッキングは懐かしい思い出も運んでくれた。










4.14.2011

PRAY FOR JAPAN ハグしましょう!

この大災害で深く心を痛め、やり場のない気持ちと不安を互いに支え合う気持ちを込めて「PRAY FOR JAPAN ハグしましょう!」というバッチを作りました。日本中どこにいても心のシェアーをハグを通して行いましょう!と言うムーブメントです。このような未曾有の大災害で、被災地の方々とともに、日本中の私たちが脅威的な衝撃を受けました。ハグは友を愛し、慈しむ行為です。ひとりではない安心感と、内在的な力を引き出すことに役立てれば幸いです。このムーブメントは静かで優しいムーブメントです。ただ、バッチをつけて友人や隣人にハグをするだけです。


さらに詳しくはこちら:http://flowerpeople.org



***Official*** Message from the Hopi Nation about Japan, Amazing and His...


only love can move us....



This is a historic moment for our planet to hear them speak. The Hopi Elder have come forward with a message to the world in response to the tsunami and earthquake disaster in Japan. They give humanity a simple message for our future and how to overcome these difficult times.

Hopi original letter:

The Hopi are praying the people of Japan and for the people around the world as we face crisis in our world out of balance.We are all in a time of great change upon mother earth and these events have been foretold by our Elders. Through our Prophecies and our Ceremonies the sacred land of this earth is now crying. And our children are looking to Hopi to balance life for their future.Our Elders have given us guidance for how to move through these changes. Humanity is now choosing the path upon which all life will follow and we have known this time would come.As Hopi, we ask you to join us in prayer to balance mother earth and all life. We believe that, through our prayers and that if we pray with good hearts as told by our Elders, we can lessen the impact of these events.We as the Hopi join our prayers with those of the Dalai Lama along with people from around the world to send healing to Japan, the earth and all life. In this time of change, we ask all the people of the world to return to a more balanced way of life.Hopi say there is a path to follow that allows for us to move through this time of change. Walk gently upon our earth with respect for her and all life.A return to connecting our heart with the heart of the path to the future.Join your hearts to Hopi in honoring our Mother Earth by planting gardens, respecting our Sacred life giving waters and all life for future generations of our children.

"Kwak wha, Lolmani"
(Thank you, may there be good things in the future.)

Kikmongwi (Village Chief)
Lee Wayne Lomayestewa of the Village of Sungopavi
Hopi Nation

4.01.2011

いつも何度でも/千と千尋の神隠し【cover】

安心感

ここ数日、東京の友人達から立て続けに電話をもらった。一時はどうなるかとハラハラしていた友人達が日常の生活に戻りつつあると言う知らせ。もちろん、まだ、まったく元通りではないだろうし、手放しで安全だとは言えないけど、そんな彼女達の声からは笑い声も混じっている。それは私の安心感につながってほっとした。近く都内で店開きする友人のお祝いに駆けつけるのも、楽しみ!

思うこと

今回の東北太平洋沖地震と津波に関するコメントはここでは書かないでおこうと思ってた。でも、3週間近くなった時点ですでに、自分を含めて、多くの人たちのそれぞれの反応をみて思うことがある。それは、私たちは自分の生と死についてまったく無意識であったこと。誰もがいずれは死ぬんだと知っていいても、準備はできていない。

私は自分に問いかけてみた「今、死んでも大丈夫?」・・・、準備ができるってどういうことなのか考えた。私にとっては、悔いが残っていないと言うことだと思った。私なりの方法でがむしゃらに生きてきた。けっこう愉快で楽しい人生だ、もちろん、辛い思いや、パニック症候群にかかった恐ろしい体験もしている。

やってみたいことはまだある、でも、この時点で悔いはさほど残っていない。しいていえば、自分の身の回りを片付けること。いままで後回しにしてきたことは、身の回りすっきり片付けること。

以前、私は日本を離れ、私自身の持ち物はバックパック程度の身軽さだった。それが私の全てだった。大事だったのは歯ブラシと数枚の下着と着替え、ルンギ、寝袋、そしてパスポート。しかし、今では経済大国を支える良い消費者のひとりとして贅沢に暮らしている。部屋の中を見回すと恐ろしいくらい物があふれている。しかし、これも私の人生の一片であると思う。

身の回りをすっきり片付けることをそろそろ始めるべきだと感じる。バックパックひとつになるかは疑問だが、死ぬときは何も持っていけないことを肝に据え、「私」という荷物をすっきりとさせる。そういえば、今度、東京で2日間のwho is in をやるんだった・・・、これはいい機会だ。

沢山の人が来るといいな・・・
http://awareness-intensive.jp/2days.html



3.23.2011

the secret / 瞑想の秘訣


私たちは何度も何度もくじけ、そして迷う。秘技はこんなにもシンプルで簡単なのに。例え、どこにいても、何をしていても、何が起こっても、この事さえ覚えていれば、いい。以下に、OSHOの言葉。

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秘密を解く鍵はひとつだけ、そして、それは知性とは何ら関わりがない。観照と観察である。考えは変化し、興味も同じではない。記憶は空に浮かぶ雲のようにやってきては去るが、あなたは静かに座ってそれを眺めている。何をする事もなく。もし、あなたが何かをしようとすれば、即座に思考があなたを襲ってくる。何をしようがおかまいもなく - 行為は思考の一部となる。何もせずに、観察している、ただ観察者でいる。何であろうと、通り過ぎるものを映し出す鏡のように - それが”気づき”である。この気づきによってマインドを超越する。それが真の瞑想である。 OSHO

There is only one secret which is not part of the mind, and that is witnessing, watching. Thoughts are passing, desires are moving, memories are coming and going like clouds in the sky and you are sitting silently simply watching, not doing anything. If you do anything immediately the mind starts functioning. What you do does not matter - doing is part of mind. A non-doing witnessing, just witnessing, as if a mirror goes on witnessing whatsoever passes by - that is awareness. And that awareness takes you beyond the mind. It is true meditation.
Osho

3.19.2011

pray for japan 19th osaka


Pass of love team sent us prayer....

As a community we can come together and share our prayers,
 love and support for what's happening in Japan right now. 
Prayers for Japan... we send you our love. 
Turiya

Today 19th many people will pray 
at and start 8:00 pm ( japanese time), 15min or more

大阪から祈る:

19日/18:00/クレオ大阪中央(セミナーホール)
地下鉄谷町線/四天王寺前夕陽ケ丘駅下車












3.16.2011

Atisha's heart meditation


苦悩は自然界のものであり、それは理解し、受け入れなければならい。と言うのも、私たちは痛みを恐れる、必然的にそれを避けようとする。それゆえ、多くの人がハートで感じる事を避け、頭の中で生きている。ハートは痛みを感じる、その通りだ、しかし、それゆえに喜びも感じることが出来るー痛みはそのためにある。痛みゆえに喜びがやってくる。苦しみは、エクスタシーがやってくる扉となる。それに気づいた者には、痛みを贈り物として受け入れる者には、突然、その痛みは変容し始める。あなたは痛みに敵対するのではなく、そして、敵対しないゆえに、痛みが消え去る。それは友となる。それはあなたを清める炎となる。それは変容であり、古いものが去り、新しいものが入っていくための過程である。マインドが去り、ハートがその完全性のなかで機能し始めるだろう。そして、生は祝福される。OSHOより






アティシャの手法を試してみよう:

呼吸を入れる時・・・注意して聞くように、これは偉大な手法のひとつだ・・・、呼吸を入れる時、世界中の人々の全ての苦悩を吸い込んでいるようにイメージする。想像できうるあらゆる心の闇;暗黒の全て、懐疑心、拒絶の全て、地獄の全て、を呼吸とともに吸い込む。

あなたは、西洋で言われるポジティブシンキング(肯定的考え)について聞いた事があるだろう。これとは逆の考えであり、彼らは、自分が何を言っているのかに気づいていない。彼らが言っているのは「呼吸をはく時、あなたの苦悩と懐疑心のすべてを吐き出しなさい」、そして「呼吸を入れる時、喜びや確信、幸せを楽しみを入れるのです」と言う。アティシャの手法は、まったくその逆だ。呼吸を入れる時、過去の、現在の、そして未来の、世界中に存在するものの苦悩と災害を取り込む。そして、呼吸をはく時、あなたが持っている喜びの全て、祝福の全て、持ちうる祈りの全てを吐き出す。

呼吸を吐くとともに、あなた自身を存在に溢れ注ぎ込む。これが慈悲の手法だ:苦悩の全てを吸い込み、そして、祝福の全てを注ぎ込む。これを行うとあなたは驚くだろう。世界中の苦悩のすべてをあなたの中に取り込んだ瞬間、その苦悩は苦悩でなくなる。ハートが即座にエネルギーを変容される。ハートは変容の力であり、苦悩を飲み込み、それが祝福に変容され・・・外に流れ出す。あなたのハートがこの魔法、奇跡を体験すると、何度も試みたくなるだろう。

とても実践的な手法のひとつなので、試してみよう。シンプルであり、その効果は即効的だ。今日、やってみよう。これは、仏陀とそのすべての弟子が試みた瞑想のひとつだ。アティシャは仏陀から来る同じ伝統、同じ筋の弟子の一人である。「Ihi passiko--come and see!」彼らはとても科学的な人々だ。仏陀は、この地球上においてもっとも科学的な教えであり、ゆえに、仏教は世界中に広がりつつある。

世界が知的になればなるほど、仏陀はさらに重要となってくるだろう。きっと、そうなるはずだ。人々がさらに科学を知り始めると、仏陀が大きく出現するだろう。彼は、科学的なマインドを確信させ・・・何故なら、彼は「私が言う事は何であれ実行される」と言っているからだ。私は ”信じるのだ” とは言っていない、”その中で試され、体験する事ができるのは、あなたがそれを信じて自分を感じる(体験する)事ができたときのみであり、でなければ信じる必要もない” 

この美しい手法をやってみなさい:苦悩のすべてを取り込み、そして、喜びの全てを注ぎ込むのだ。


OSHOより

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Pain is natural; it has to be understood, it has to be accepted. Because naturally we are afraid of pain, naturally we avoid it. Hence many people have avoided the heart and are hung up in the head, they live in the head.

The heart gives pain, true, but only because it can give pleasure--that's why it gives pain. Pain is the way that pleasure arrives; agony, the door that ecstasy enters. If one is aware of it, one accepts the pain as a blessing. Then suddenly the quality of the pain immediately starts changing. You are no longer antagonistic to it, and because you are no longer antagonistic to it, it is no longer pain; it is a friend. It is a fire that is going to cleanse you. It is a transmutation, a process, in which the old will go and the new will arrive, in which the mind will disappear and the heart will function in its totality. Then life is a benediction.



Try this method from Atisha:
When you breathe in--listen carefully, it is one of the greatest methods--when you breathe in, think that you are breathing in all the miseries of all the people in the world. All the darkness, all the negativity, all the hell that exists anywhere, you are breathing it in. And let it be absorbed in your heart. 

You may have read or heard about the so-called positive thinkers of the West. They say just the opposite--they don't know what they are saying. They say, "When you breathe out, throw out all your misery and negativity; and when you breathe in, breathe in joy, positivity, happiness, cheerfulness." Atisha's method is just the opposite: when you breathe in, breathe in all the misery and suffering of all the beings of the world--past, present and future. And when you breathe out, breathe out all the joy that you have, all the blissfulness that you have, all the benediction that you have. 

Breathe out, pour yourself into existence. This is the method of compassion: drink in all the suffering and pour out all the blessings. And you will be surprised if you do it. The moment you take all the sufferings of the world inside you, they are no longer sufferings. The heart immediately transforms the energy. The heart is a transforming force: drink in misery, and it is transformed into blissfulness... then pour it out. Once you have learned that your heart can do this magic, this miracle, you would like to do it again and again. 

Try it. It is one of the most practical methods--simple, and it brings immediate results. Do it today, and see. That is one of the approaches of Buddha and all his disciples. Atisha is one of his disciples, in the same tradition, in the same line. Buddha says again and again to his disciples, "Ihi passiko--come and see!" They are very scientific people. Buddhism is the most scientific religion on the earth; hence, Buddhism is gaining more and more ground in the world every day. 


As the world becomes more intelligent, Buddha will become more and more important. It is bound to be so. As more and more people come to know about science, Buddha will have great appeal. He will convince the scientific mind--because he says, "Whatsoever I am saying can be practiced. I don't say to you, 'Believe it,' I say, 'Experiment with it, experience it, and only then if you feel it yourself, trust it. Otherwise there is no need to believe.'" 


Try this beautiful method of compassion: take in all the misery and pour out all the joy.

Osho

この怪しげさが素敵 第3弾

インド舞踊とベリーダンスの統合? 目の動きに注目!
第2弾の方もそうだけど、第3弾も、なんと言っても衣装が素敵ですね。

3.11.2011

人生のやり直し

昨夜、寝る寸前にひらめいた、
ここのところ、死について感じるところがある。

どうせ、死ぬのに、なぜ、毎日同じ朝がやってくるのか?
毎日のほとんどがそんなに変わりはしない。

その時、ふと思った・・・

同じ朝なら、昨日と同じタスクをやるだけならば、
それはきっとやり直しがきくチャンスということなんだ・・・

と言うことは、毎日が人生のやり直しのチャンスと言うわけか!

たとえそれがどんなに小さいことであっても、
もう一度、やり直しができる。

昨日やったことをもう一度、やり直せる、今度はもっと上手に。
そんな毎日だったら、やる気もでてくる。

昨日、くじけたことをもう一度、やり直せる。

ん、ものは考えようだな、毎日、やり直しがきく。
人生を豊かに築き上げるとはこういうことなんだ。


かわいい指揮者


友人のブログにのっていたよ、サイコー!



3.10.2011

私に会いにいく

公案「who is in」(Mixi)に先ほど書き込んだ、そしたら、ああ、3月20日と21日のリトリートがあることをさらに実感して、待ちどうしい! 今の私は、友人の死で、自分の何かが変わりつつあるのを感じている。それが何なのか、知りたい。何らかのショック状態に陥っているのは分かる。私というシステムが一時的に止まっている感じだ。それは感情を押し殺しているのにも似ている。何かが、先に進めない。そこにいる私に会わなくてはいけない、そんな感じだ。

3.09.2011

Who is in 2days in 東京




東京のまっただ中で瞑想する。これこそ、本当の助けになる。瞑想自体が私たちの本質と考えればまったくその通りだ。公案を使ったこのリトリートは私自身が何度も何度もトライし、その度に新しい発見と、その効果の高さに驚いてしまう。2日間通してできるとは、本当にうしれいことだ。





☆ Who is in 2 days リトリート ☆ 
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◆日程:3月20日、21日(2日間)9:30~4:30 
◆場所:目黒区の中根住区センター/地下和室/
               最寄り駅/東急東横線/都立大学駅下車徒歩10分
  http://www.city.meguro.tokyo.jp/shisetsu/shisetsu/juku_center/nakane/index.html 
◆参加料金:2日間で8,000円 
◆持参するもの:瞑想用の着替え、小タオル、お弁当と飲み物 
◆お問合せ:Awareness Intensive Japan 
    E-mail / info@awareness-intensive.japan 
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Who is in リトリートでは、公案とOSHOアクティブ瞑想を行います。公案メソッドの鋭さは、たぶん、あなたが思った以上の効果を体験させてくれるでしょう。ノーマインドの体験は素晴らしく私たちの存在を輝かせてくれます。私たちが渇望している<それ>に目覚めるには、この瞑想法がとても効果的であると知ることができるでしょう。 



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3月20日、21日のWho is in 2 days(東京)
PDFはこちらから
http://awareness-intensive.jp/_src/sc1191/who20is20in20220days2038C8E.pdf

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4月28日~5月5日のWho is in 7 days トレーニング(長野県)
PDFはこちらから
http://awareness-intensive.jp/_src/sc1161/Who2083g838C.pdf 

泊まり込みで行う7日間のWho is in トレーニングには3日間(5月1日~4日)のリトリートが含まれています。3日間のリトリートのみ参加も可能です。このトレーニングでWho is in の取り組み方や深める方法を知ることができます。公案に取り組みたい方、絶対、お勧めです。また、友人達と、そしてセンターや瞑想会で行うことができる Who is in 1 day リトリートのリード法を知ることもできます。 



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Awareness Intensive Japan のウェブサイトはこちらから、 
私たちが行っている瞑想全般とワークショップを見ることができます。
http://awareness-intensive.jp/index.html 






 感謝を込めて (^^)

2.23.2011

どうやら・・・

どうやら私は、絵を描くことに魅入られそうだ。
今日、あの木を描き続けたいと思った。


2.20.2011

私のアートインテンシブと死:思い返して見ると・・・

今回、Meeraのアートインテンシブの最中に親しい友人のRupeshの死を迎え、私自身はまったくセンターに根づいていなかった。自分でも頼りなく吹けば飛んでしまいそうだった。悲観的な悲しさなどではなく、死に対する無抵抗感とでも言おうか・・・、人は死ぬんだと言う事実を目の当たりにした感じである。親しい友人の死を始めて体験した。いつもそばにいた友達ではないが、心深く私に影響を与えた人物でもある。内側の何かが止まった感じで何をどうしていいか分からなかった。

アートインテンシブではプライマルという、なんの造形も考えずに色をのせていく作業がある。この時点で、私は絵が描けない状態に陥っていた。自分につながれないのである。私の細胞がばらばらにこぼれまくった感じであり、まったくと言っていいほど統合感がない。それがアートトレーニングの最終日まで続いた。トレーニングが終わって、私はこのまま日本に帰るのだろうか? と自分自身に問い掛けてみた。そして、自分を取りもどす作業が起こったのはexhibitionに出す絵を描き続けることでなされた。ひとつの絵に向かって無心に描き続ける。

死が間近に感じられ、今この瞬間しか存在しないことを知る。だから、真実とともにいたいとさらに願うようになる。私は<何か>に気づいたと思う。それは前々から知っていたことだ。そして、それはいつも後回しにしてきた。だけど、いちばん大切なこと、最後の扉。この扉の前に立つ勇気がなかったのだろう。永遠の明け渡しは恐怖に値するとマインドは思い込んでいた。私が私でなくなるからだ。ましてや、あれが扉とは気がつかずに。

私はそのゲートが開くその瞬間を見逃さないように目覚めていよう。神に願う。私の意識がその時に目覚めているように。私の生はそれで達成される。あの時のように、すべてが静止し、自分の何かがとても静かになる。ブッダの境地とはあのようなことか。



2.18.2011

ケムトレイル東京空襲 Chemtrails Air Raid in Tokyo 2010

酸化アルミニュムがばらまかれている。

日本にもどってから、地球温暖化の対策として酸化アルミニュムがばらまかれている? っというニュースを見た。以前にもこの話を友人に聞いたことがあったが、事実のようだ。アルミニュムと言えば、アルツハイマーを引き起こす物質ではないのか? 




2.14.2011

一応、これで一休み?

明後日のフライトで日本に戻る、
ペインティングもいったん今日でお片づけ。

まだ直したいところがずいぶん残っている。
っといってもこの絵を描き続けるか?

っとなると、たぶん、No だろう。

この絵はプーナの家においていく、
次回来たときに見ると感動するかもしれない。

私自身、ご苦労さんでした。


後ろの木がモデル

OSHO RARE VIDEO OREGON...(V★)

これを見てポッペタを紅葉させて
微笑ましてく見てるのはサニヤシンだけだろうね (^^;)







2.13.2011

ばんやんの木

今日の一本木。

アシュラム前の道沿いに生えている木。
こんなのがごろごろ生えている。

根っこがどんどん生えて体を支えているかのようだね。


根っこがどんどん伸びてくる!