12.24.2012

冬の Khaknal 北インド - page 3

私の村、Khaknal での生活はのんびりしている。村にあるお店といったら、まあ、キオスクのように日常品を売っている小さなお店と小さな食堂ぐらいかな。時々、何やらの行商人が大きな風呂敷に商品を包んで肩に担いでやってくる。そんな時、女子は珍しそうにあれこれと品定めをするが、買うにはいたらない。この日も、私の家(とは言っても、3階のみで、その下はオーナーのお家)にシーツやピロケース、毛布などを売りに行商人がやって来た。



ここいらのお家の私の好きな所は、多くの家庭で牛や羊を養っている。なので、いつも、絞り立てのミルクと、それからできる超新鮮なヨーグルト、ギーやバターが手軽に手に入る。体にとっても優しく、健康的な食品となっている。私にミルクを供給してくれるのが、ここの家のスンダーリー(牛の名前)。彼女はある時、お散歩中に帰り道を見失ったのか、3日間ぐらい行方不明になった事もあったが、近隣の村で見つかり家に戻る事ができた。



家のすぐ後ろは山、というか、山の中腹に家が建っているといってもいいかもしれない。久しぶりに裏山を登ってみる。上ると言っても、私たちが想像する山道ではなく、ほとんどが獣道のようで、足を滑らさないようにけっこう、神経を使う。そして、私は獣道が無くなっても、気にせず、垂直に登っていく習性あり。帰り道が無くなるのを心のどこかで心配しながらも、ついつい、登っていってしまうのだ。うちの家で、約2000m弱、裏山はそんなに簡単なハイクではないの、息がぜーぜーっとすぐ切れてしまう。そんな時は、急斜な山から転げないように、木の根元に腰を下ろして持って来たカリンバ(友人作)を弾きながら呼吸を整える。そして、しばらくしてまた登る。すると、知らず知らずの間にけっこう高く登っていることに気づく。






途中、愛嬌のある羊に出合ったりなどして裏山でのんびり過ごしているとアーッと言う間に時間が経ち、川を挟んで向かいの山に太陽が沈みそうになってあわてて山を降りる。暗くなってくると足を滑らせて危険な状態であることも自覚しながら、下りの道を探しながら気をつけて降りる。国際電話通信の契約をしている携帯(facebook に)と、小型カメラがポケットの中で「取り出して! 取り出して! 写真を撮って!」っと私にささやいている。下山中、大きな石の前でポーズ!




12.23.2012

冬のKhaknal - 北インド - Page 2

マナリーで楽しんだ事、いっぱいあるけど、今回、始めて、パラグライディングをした。
この日は、もちろん、シーズンオフでそこまでは行けないと分かっていたが、ラダックへの道につづく富士山より高い位置にある山道、ロタングパスにドライブに行った。案の定、冬に向かって道路整備や、冬期封鎖でけっこう下の方で足止めを食らった。しかたなく、ここで少し休憩、朝ご飯を食べていなかったので名物?のマギーヌードル(インドのインスタントラーメン)を食べる。







その後、ロタングパスのちょうど真向かいにあたる山、ソーランバレーに行く事にした。私たちの村からは車で40分程度のところにあたる。シーズン中のこの場所は観光客でいっぱいだが、さすがにシーズンオフ、人が少ない。私にとってはこの方が嬉しい! パラグライディングも込み合っていなく、「よし! やってみよう!」と勢いづいた私であった。ロープウェにのってさらに高い所に移動、こちらからはロタングパスにつづく山や、私の村、Khaknalの後ろに控えている - 右手の方の雪に覆われた鋭く尖った山も此処からだと見える。




生まれて始めての体験、パラグライディング。飛んでいる最中は、もう、子どものようにはしゃぎまくったよ。自分が宙に浮かんでいる自覚がないほど恐れ知らずな私は、あのまま、空からずーっと山々を眺めていたいと思ったよ。インストラクター?はバランス感覚のとてもよいドライバーで Facebookに写真を載せたところ、ダンディでかっこいいと評判に・・・ (.^^.)  ドライバーの前で写真を両手で構えた私はまるで父親に抱かれた小さな子どものようで笑顔満開! 











12.22.2012

冬のKhaknal - 北インド - Page 1

11月24日から12月16日まで北インド、マナリーに帰っていた。今回、私の用事は、家を増築する設計に関してと、来年6月に予定しているヒマラヤツアーの下調べ。実は11日には日本に帰国する予定だったのだが、幸か不幸か、飛行機に乗り遅れ、5日間延長したのであった。それに関しては後に話すとして・・・

最初はいろいろ楽しみながら過ごしていたが、数日を残す頃になってくると、少し、焦っていたかもしれない。遊ぶことには何の苦労もないのだが、やっておきたい事に対しては、けっこう、何も進まないのがインドである。人を動かすにはひつこいほどに言い続けなければならない。

現地の私の友人 Raj は、言い出したら聞かないそんな私の気性も知っているし、インド人にしては珍しく、事の運びが・・・とても早い、魚座だからと言うこともあるのだろうか、毎日、車に乗ってどこかに出かけている、と言うよりは、ひとところにじっとしていられないたちなんだろうと思う、用事を頼まれるとすぐさま、手配するのが彼のいい所。それが良い友達になれたひとつの理由と言っても過言ではないと思う。

私の村 カクナルはヒマヤラ山脈の麓にある。車で2時間ぐらい走り上ったところ、富士山より高度の高い山道、ロタングパスを超えて行くと、右にスピッティバレー、左にラダックへの道が続く。私とRajは、来年、ヒマラヤツアーを企画している。ヒマラヤ山脈をレーに向かって横断、5000mを超えてラダックに入り、キャンプしながら行くつもりだ。(このツアーに興味がある人は私に連絡をしてください。)できるだけ、格安でまとめようと思っている。
















家の方は、増築するといっても、実際に私用の家はすでにある。しかし、この家には屋根がまだなく、屋上に屋根をつけるついでに、もう一階増築することになった。そして、そこは瞑想用のこもるための家とする。私の家から見える景色は極上であり、毎朝、目が覚めたらまず、熱いお茶を持って屋上に上がる。そして、瞑想するのだ。ひんやりとした空気が鼻から入り、意識が中心に定まっていく。「ああ、此処でいいんだ」っと、ほっとする。マナリーに始めて来た20年ほど前に比べると沢山の家とホテルが次々と建てられている。始めて来た時はホテルなどなく、民家に泊めてもらい、なおかつ、シャワー用のお湯はバケツにくんでもらうのだった。




今年の6月にプーネから送った家具をほどきながらこの山の家に広げていく。懐かしいベランダ用のテーブルや椅子、15年ほど使っているキングサイズのココナツマット、これまた、20年ぐらい前に作ってもらった飾り棚・・・まあ、自分で言うのもなんだが、物持ちの良い事だ。質の良いものやお気に入りだと長く使うことができる、だから、気に入れば、迷う事なく手に入れるのが私風である。これから、この部屋をどのように作り上げていくかも楽しみのひとつである。今は、とにかく、家の中に運び入れただけ、これから徐々に作っていける。





ちなみに、この3週間ほどの滞在で私は確実に野生化していた。それもそのはず、この地は冬に向かっていたし、現在の私の家は夏仕様にできている。家の半分の床とカウンターテーブルは大理石であり、もちろん、触れると冷たい。こういった事情から、この季節、家の中は冷蔵庫並みに冷えている。バスルームはひんやりとして、シャワーを浴びるのも大仕事となる。そんな極度の状況に体が馴染んでいく・・・というか、どうやって体を冷やさないか? に重点が置かれる。家の中でもムートンのブーツ、靴下2枚履き。マフラーや帽子はかぶったまま。生姜をいれたお湯の足湯。あまりの寒さに今回は料理もあまりしなかった・・・最初に作ったのは、マルシンのラーメン。野生化しつつある私は、まるでオオカミのような姿に化していく。






11日、大阪への飛行機に乗り遅れ、再び VISA 延長のため車で1時間ぐらいのKullumanali に3日間通った。そして、飛行機に乗り遅れた翌日からマナリーの天候が急激に変わって本格的に冬に向かう。これを体験することはラッキーだったのかもしれない。翌日、私の村 Khaknal も雪に覆われ、大阪生まれの私にとっては嬉しい驚きであった。朝、目が覚めるとベッドの横にある大きな窓の景色が白いことに気づく・・・「あっ!!」真っ白! 思わず、飛び起きて屋上に上がった。誰にも踏まれていない雪の上を犬のように喜び歩き回った。見渡すと、家の周りは真っ白だった。
















12.04.2012

タンドーリー(薪ストーブ)

こちらは冬に向かって・・・かなり寒い。私の部屋にはタンドーリーを作っていなかったのでケロチンストーブやプロパンガス?ストーブでなんとか過ごしているが、一階下のオーナー(友人)の家には、もちろんマナリーではどの家庭にもあるタンドーリー(薪ストーブ)がある。タンドーリーは薪を炊くので火力が強い、クッキングも出来てしまう。こちらに来てから、私の夕飯はいつもこの友人家族と一緒に食べている。毎回、種類がかわるカレーやダール(野菜、パニール、豆など)をローカルライスにかけて食べるのだが、それが、すごく、おいしい。他におかずなどないのだが、もう、十分に美味すぎて満足全開。今夜は、ズキーニカレーの前に、チャパティをタンドーリーの上で焼き、野生のピュアーハニーとギー(ピュアーバター)を混ぜてチャパティにつけて食べた。もちろん!うまかった。




12.03.2012

感謝、感謝

この家が私を受け入れてくれた、土地の神様に感謝。そして、この家のオーナー(友人)に感謝。ジオグラフィック的にこの家の建っている位置がすごい。右の山道はヒマラヤへ、ロタングパスと言う富士山より高い道を入っていく。家は3000〜4000級の山に囲まれている。川を挟んで向こうとこっちに立ち並ぶ山、この家は川がなだらかに角度をかえるその頂点にあり(説明できているか分からないが・・・)エネルギーがドすごい! そして、右側方向の山の麓に、私が参る ハジンバ寺院が建っている。ちょうど、この家から北の方向にあたる。毎朝、家からそちらに向かって感謝する。


12.02.2012

帰って来たぞ〜、Khaknal

Khaknal に戻ってかれこれ一週間がたった。今年の6月にプーナから送った荷物、いったんオーナーのガレージに管理されていたものを家に運び込む。運び込むと言ってもガレージのある道路沿いの道から家のある山の中腹までかついで運ばないといけない。なので、ちょっとづつちょっとづつオーナー(友人)が運んで来てくれる。なつかいいプーナの家具達、この家に収まるだろうか? 家の中が物でいっぱいになっていく、お片づけがたいへん! しかし、こんな楽しいことはあるだろうか? この家が、ゆいいつ私の家である。日本ではなく、北インドにあるのだからなんとも素晴らしい。



11.11.2012

光と陰の私

今年の何月頃だったか? 
Hennaが関西にWSにやって来た時に描いた私のポートレート。

とっても気恥ずかしいワークショップだ。
自分の顔を鏡の前に座ってまじまじと眺める。

自分の顔で好きではない部分は沢山あるが、
顔の造形そのものよりも、雰囲気で好きなときはある。

でも、それは漠然としている。
顔がすっきりしている時、髪型がうまくおさまっているとき、
よく寝た後のようにリラックスしている顔、洋服が気に入ってる時。

このワークショップは自分の顔を描くのだから
いやでも、自分に正面から向き合うことになる。

嫌な自分、怠け者の自分、くだらない自分、自慢しようとする自分、
仮面をかぶった顔・・・・

逃げ場はないのだ。

自分の顔を見つめる、自分に向き合う、それも逃げ場がない。
私が一番苦手としていることだろう - と思う。

描いているうちは、そんなことばかり考えるが、
しかし、気づいた時には・・・

無心になって光と陰を忠実に描こうとしている自分がいた。

これぞ、ノーマインドの境地である。
この間、私の顔はどんどん変化し続けていた。

また、あの時間が持てるのがうれしい。
一番、自分に向き合うことは苦手としていたことだけど、

このポートレートの時間が私をアンカリングしてくれる。
すごい助けだ、私には至福の時間。


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NPO法人フラワーピープル主催
詳細はこちらからhttp://flowerpeople.org/event.html

日時:来たる 11月17日、18日
場所:藤野芸術の家/神奈川県
参加費:15,000円(材料費込み)
お申し込み:npo@flowerpoeple.org






10.30.2012

ダイアログ(対話法)と悟り

私はこのダイアログの素晴らしさに一瞥を向ける。その技法はまったくシンプルで、個人のインテリジェンスを効果的に引き出すことができるからだ。方法は簡単、とは言っても、最初はその感覚とコツをつかむことに苦心するかもしれない。

しかし、何であれ概念(事事の本質を捉えようとする思考の形式)は、・・・簡単に言うと、自分の頭の中で展開されている物の見方だが、それは世界を展開しているのと同じ意味でもある。そして、それは『物の見方』と言うめがねを通して行なわれている。事実、起こっていることをそれぞれがそれぞれの方法で理解する。それを丸くみるのも、四角くみるのも、物の見方に左右されているのである。

では、『物の見方』について吟味する必要があるだろう。過去の体験、自分の体験と、社会の常識との間の生じた自己的な協定または妥協によって物の見方の基盤が生まれる。ここをよーく、理解しなければならない。自分の考えが、自分のものだとは限らない事を知る権利がある。「私は何故、この事を "このように" 考えるのか?」それは本当に、自分の深い理解から生まれた事なのか? これを理解しないと、まさに、"自分の考え"と思い込んだその捕われの世界にしか、あなたは存在する事ができない。"考え" よりも、その考えの根本、そう考えると見なした出発点の方が重要なのだ。

世界は自分の中に作り出される。多かれ少なかれ、人間が共有する同じような共通の世界観は、いわば、私たちが作り出してしまった世界と言ってもいいだろう。そして、それは事実ではない。実らない恋愛、満たされる事のない欲望、失う事の悲しみ、ちぐはぐな関係性、満足しない心、他人の幸せは自分の不幸を思い知らせる、戦争で解決しなければならないと言う緊迫感、もっと満たさなければならないと言う焦り、そして、"常識" というバイブル。このような感覚はいったいどこからやって来たのか? 

ダイアログ(対話法)は、その考えの出発点に自分を導いてくれる。そう判断するまさにその瞬間に導いてくれる。すると、どう判断するのかではなく、判断そのもの自体が消え去る。ここに、悟りの一瞥がある。ダイアログは、決して、修行というものではないのだが、まさに、誰にでも、瞬間的に悟りに導く事ができる。ただ、あなたが悟りについて知っているかどうかであるが、もし、知らなければ、奇妙にも、自分の何かが覚醒した感覚として体験されるだろう。そして、あなたはそれに気づくことすらない。奇妙な感覚として知覚される。間の空いた、何かのスポットに入り込んだような。この瞬間、あなたの思考がストップした、しかし、眠ったのではない。あなたは覚醒している。

ダイアログは、これまでの過去の体験に基づき築き上げられた "世界観" 、物の見方に変化を与えることができる、なぜならば、それが誤りである事に気がつくからだ。四角く尖っていたと思っていたものは、事実、そうでなかったことに気づく。何故、今までそう思っていたのかが不思議なくらいにだ。すると、脳の中でも変化か起こるだろう。これまでと違った世界、物の見方が緩んでくるのだ。ほとんどの場合、肯定的に変化し、自分や他者を攻めなくなる。そして、ほとんどの問題が解決する。もし、まだ問題に執着するならば、あなたは未熟なだけで、しかし、成長する種に水が注がれた事に間違いはない。

私の体験によるダイアログは、ある種の執着心から私を救ってくれた。そして、まだ、自分では見えない自分の隠された思い込みや考えに気づかさせてくれる。これほど、興奮することは他にない。結局、興味は自分に注がれている。"私と言う人間" はいったい何なのだ? 数学者の数式も、科学者の偉大な発見も、私にとっては、"私" というツールから入って行く物事の深淵に迫る事とそう変わりはない。

最近、私の友人がクリーンランゲージを言うダイアログ法にはまっている。もちろん、そこにたどり着くだろうと思う。瞑想をする人は、何故、思考に目を向けるのか? っと思うかもしれない。しかし、思考の働かない人がいるだろうか? いない。では、その思考のメカニズムや、野放しになっている思考の世界を知ることはとても重要だろう。そして、思考の奴隷になっている自分の姿をはっきりと見るべきだ。

ダイアログは悟りの一瞥だけでなく、自分の思い違いを知る唯一の方法だとも言える。人に指摘されるのではなく、自分で気づくことが最高の効果を生む。その一瞥は次の一瞥を生む。






振り返ってみて。

アメリカから戻って、あれよあれよと言う間に時間が通り過ぎていった。先日、友人に「アメリカでの様子をブログでみました」っと言われて、そういえば、ブログにはほんの一部を紹介したのみで、その後は携帯でイージーログインできる facebook で写真などを載せながら旅の経過報告をやっていたので旅の間に体験した面白い話など、長い文章になりそうな報告はできていなかった。

それとブログは私にとって、自分の中の、吐き出したいちょっことしたことを書くスペースだったのが、読んでくれている人がいるんだと、ちょっと嬉しかったりして・・・。

で、振り返って思い出してみようと思い、ここに座ってみた。

今回のアメリカ旅行はもちろん、ワークショップを受けるために行ったのだけど、行く前から、これは私自身の心の休暇にしようと決めていたこともあり、カリフォルニア州バークレーでのWSが終わった翌日、サンフランシスコ空港からフェニックスへ飛び、ここで前もって予約していた大型のレンタカーを拾い、セドナに向かった・・・。

まあ、とは言え、自分のためにもまとめを書いてみよう!

バークレーでのWSはアメリカに到着して3日後、大阪からサンフランシスコに到着したのは朝の10時頃、ホテルについたのがお昼過ぎ、この日は、何もせず、お部屋でゆっくり休もうと、持って行った小説をベッドの中で読みながら、また、うたた寝しながら過ごした。これは日本でも、このような何もしない時間をずーっと持ちたいと願っていたので、したい事のひとつだったので、よーく体がよく休まった。ホテルは中級、豪華とは言えないが、ヨットハーバーのすぐ脇にあり、のどかでお部屋も十分満足がいくぐらいクリーンだった。





翌日、丸一日、空き日、さあ、何をしようか? どこに行こうか? 迷ったあげく、本当は少し郊外へ出てカリフォルニアワインのワイナリーへ行きたかったが、少し、寝坊したのと、ちょっと遠いのであきらめ、結局のところ、サンフランシスコの町を散策することにした。バークレーからサンフランシスコのダウンタウン、パウエル駅まで電車で30分程度。もちろん、かの有名なちんちん電車があちらこちらと走っている。それに乗る前に、パウエル周辺をうろうろとしてみようと思った。ここでは、町並みを楽しみながら大きなデパートや現代美術館へも足を運んだ。









現代美術館では面白いアーティストの写真が展示してあって、結構強烈なイメージだったのですが、それは、写真に収められることができず、とても残念ですが、美術館をでて、有名な路上電車に乗る事にした。パウエル駅に戻り、この場所が始発になるので、そこから海岸沿いの終点、フィッシャーマンワーズで降りた。サンフランシスコは思ったより寒く、体を震わせながらてくてくと歩いているうちに、お腹がすいている事に気づき、レストランに入ってイカの唐揚げみたいのをワインと一緒に注文、でも、ここまで来ると、ひとりで食事をするのがとても残念で、友達と一緒だったら楽しい食事になるだろうな、っと一人寂しくイカにぱくついた私であった・・・、まあ、それにしても、この日一日も十分に楽しんだ! ショッピングに観光、そしてカリフォルニアのシーフードでワイン。






翌日は、Diamond Heart のテーチャーのセッションを受け、バークレーでのNorth Face のアウトレットでダウンジャケットとベスト、ブーツをかった。これについては以前にブログで紹介している。そして、次の日から2日間(このたったの2日間のためにアメリカくんだりまでやって来たわけですが)Almaas のDiamond Heart のワークショップ。まあ、これに関しても、話せば長くなるのでいつかまた。そして! ワークショップの翌日に、フェニックスへ飛び、レンタカーを受け取ってセドナに向かう。

ここからはまったく未知の世界で休暇と冒険の旅になった。まず、車をみた時、大きいな〜、こんなに大きな車が必要か? っとは思いきや、ここはアメリカ、いいじゃないの! って自分に納得 (笑顔)。GPSの設置の仕方など、戸惑いながら、何とか設置。いざ、出発! 最初はドキドキものでしたが、すぐにハイウェに入り、一安心、後で気がついたのだけど、セドナ近くまで続いたこのハイウェ、無料だったので、さすがアメリカ!っと絶賛。セドナまで2時間ぐらいと聞いていたが、3時間以上かかった。ホテルの場所が分からず、電話してみたが、まだまだ近くまで行っていなかった事が分かり、まあ、のんびりと行こうとご機嫌で運転していた。セドナに入ると景色がまったく変わり、ああ、もうこの辺だなっと分かった。その瞬間、ふと前に注意を向けると、不思議と車はホテルの前にいたから顔がにんまりしたのを覚えている。

チェックインをして、車を部屋の前にとめ、バルコにーに出てみると、なんと言う景色か! 心に赤い山が染み渡っていくようだった。お部屋はそんなに広くはなかったが、小さなキッチンとクリーンなシャワールーム、これ、重要! そしてバルコニー。ここで5泊するには十分だな。この日も、小説をベッドに運んでのんびりと過ごす。これ、一番したかった事かも。








本当は、自分で運転しながらこの地をさまよってみたかったのだが、郊外(グランドキャニオンとか)に出るとGPSが機能しないと言うことらしいので、仕方なく、ミニバスツアーに参加。初日は、グランドキャニオン、次の日はお目当てのアンテロープキャニオンと言う具合に。グランドキャニオンまで2時間半ぐらいかかる。アンテロープキャニオンに関しては3時間半近くかかっているのではないかと思う。

ミニバスツアーなので、ポイント、ポイントにストップしてくれるのだけど、車が止まっている時間が短い。ぼーっと何も考えずにグランドキャニオンが私の中に入ってくるほどの余裕な時間はなかった。アンテロープキャニオンも現地のホピ族のガイドさんに連れられて一時間ほどしか滞在できない。観光客も多く、カメラマンが沢山いた。この何とも言えない自然の形状をカメラに収めようとみんな必死。私も、場を楽しむというよりは、写真に夢中になってしまった。しかし、今から思えば、この雄大な土地に訪れたこと自体がすごかったのだと思う。本当に荒野のような何もないところだけど、もう一度来てみようと思わずにいられないほど、すごい感覚でパノラマティックに私の心と身体に浸透したと思う。何もないのに、飽きる事はないと実感。次回は、自分で運転しながらさまよってみるつもり(自分でうなずく)。アリゾナ州とコロラド州の大地の割れ目を流れるコロラド川をラフティングしてみたい! 















最後の日、馬に乗って散策するツアーを申し込もうと思っていたが、アンテロープキャニオンからホテルに戻ったのが遅い時間で、次の日はちょっと寝坊をしてしまった。なので、おとなしく、セドナのアップタウンでお散歩する。ここは、まさしくツーリストのためのショッピングとお食事のエリア。1〜2時間で見終わる程度。セドナゆえにパワーストーンなんて沢山売っている。お腹がすいたのでメキシカンレストランでワインと食事。最後の日とあってちょっぴり哀愁に浸る。日本にもって帰るアリゾナワインも購入したが、これが次の日、スーツケースに入れていたのに没収されるとはこの時は思ってもいなかったのだ。

ここまで、すーっと旅の経過を記録したが、しかし、本当の面白い話は旅の最中に沢山あったのだ。人との触れ合いで体験した事や、夜中に運転していた時に警察に止められた事、そのひとつひとつを思い出してみると、けっこう、長い旅だったように感じられる。やっぱり、ひとり旅は、やめられないな〜。ひょっぴり名残惜しい気持ちが残りながらも翌日の早朝にフェニックスからサンフランシスコへ飛び立った。









後は、乗り換えて大阪に戻るだけ。お父ちゃんとお母ちゃんが関空まで迎えに来てくれた。家に帰る途中、関空の近くの魚市でお買い物。いきなりこれか〜っとすっかり大阪に戻った私がいた (笑)。南港大橋をわたり大阪市内へ、大阪港の夕日がとてもきれいだった。