5.29.2012

when love deepen...

the student is in the head, 
he think, 
the disciple is in the heart,
he loves, 
and he simply drinks the very presence of the master
in tune, his heart beet is harmonize with the master's heart beet
there is no question
devoutly is in the being, 
and from the heart the state of devoutly is not so far, 
very close, 
as love deepen becomes trust,
as harmony with the master he grows
becomes one with the organic unity....

osho



5.27.2012

体験は快感

人生は、自分だけが味わうことの出来るとてもつない贈り物。
隣の友人の人生はその外観と、たぶんこうであろう・・と言う想像でしかあり得ない。
しかし、自分の人生には、すべての瞬間に生の体験がある。


それを味わっているのは誰か? who is in の問いのようであるけど、
しかし、確かなことは感情や思考自体が私であるはずもなく、
それは、体験の後に現れる陽炎のような実体のないものである。
私たちは、通常、このレベルにフックされている。


生の体験を味わっている人が前面に出てきたら、
陽炎などに振り回されることなく、人生は快感に取って代わる。
体験だけがあるのだから、それにコメントはいらない。


そう、この瞬間が体験、耳を澄ますと、すべてが深まっていく感覚がある。
その中心に揺るぎない静寂を感じることが出来る。



インドビザのその後、結局!

今日は、インドビザのことを不安に思いながらも、
山形からポートレートワークショップのために
兵庫へ来ていたHennaに会いにいった。


で、戻ってから、つい今しがたまで、ビザアポに成功したダソの助けを借り
スカイプでいろいろ考えつくし、結局、ダソが私の情報を
彼女のコンピューターで入力する方法を試してみた。


ちなみに、私はインドビザを大阪で申請、その失敗ブログをみて
9月にインドに行く予定のダソは、何故か、
早いとは思うが、心配で自分のビザを東京で申請したらしい。


そして、その成功から、今回、
ダソは私のを大阪で申請するミッションを得たことになる。


と言うのも、ひょっとしたら私のネット環境はSafari であるが、
それが問題なのではないか? とダソは考えたのである。
彼女のは・・その他のネット環境だ。
そんな馬鹿なことってある? しかし、あるかもしれない。


もうひとつの懸念は、出発日が6月1日でビザ取得のための日数が
ある一定の期間、例えば、10日以上、2週間以上前の申請しか受けつけないとか?
しかし、これは結果的に、そうではないことが後で分かる。


まあ、でも、どちらにしても何回もやり直すより、
取りあえず、スカイプを通して情報入力をダソに託した。
私にはひとつ心配事があった、それは、
私は入力するのにどこか間違えていたのではないかと言う心配。


しかし、スカイプで話しながら、その上、ダソに同時に
チャットで私の情報を書いて送り、コピペして入力してもらい
ひとつひとつ2人で確認しながらなので、
私がこれまでにやったこととまったく違いはない!


そして、なんと! 成功した、私のコンピューター上に出てこない
『アポの日を選択する』と言う文章が出てきたのだ、なんでやのん!


本当だろうか? しかし、アポの日付が出てきたのだ。
で、終わったとの今、考えてみると、2つ上げられる。


ひとつは、Safari の問題、馬鹿げているようだが・・・・。


ひとつは、申請センターの担当者が言ったように、
向こうのシステム(インド人:笑)がbusyだからと思うが、
「後で自分の番号を入れて再確認したらどうか?」と言っていたが・・・
1日経った今日やっと日程が出たのか? そうすると、
前に申請した番号でも、再確認したら、日程は出ていたかもしれない。


読んでいる人には、「なあんだ、そんなことだったのかもしれない」
と思うかもしれないが、私はここに来るまで何度やり直したことか!
いやな感じの悶々とした時間を味わった末、こうなったのだ。


しかし! 問題がないではない、と言うのも、
私の飛行機は6月1日、ビザ申請のアポイントメントが6月5日・・・
5日に申請して、その後3〜4日待たないといけない・・・


えっ?


と言うことは、出立を6月8日ぐらいに延期しないといけない。
・・・・ (ーー;)


3週間の予定が2週間になる。
しかし、それでも、プーナのアパートを掃除するには十分だろう。
大家がフラットを売りたいと言い出したことで、
私は雨期の、それも、たぶん、シーズンを終えた友人の少ない
プーナに行かなければならないはめになったのだ。


2週間あれば、家をたたむのに十分かもしれない。
1987年から始まったプーナ生活のお片づけになる。
2ベッドルーム、大きなリビング、キッチン、ストーレッジルーム、バルコニー、
ひとりで住んでいたには結構広かったので家具やその他が沢山ある。
思い出が詰まったお宝ものが、ざっくざっくと出てくるだろう。


3週間の旅と思っていた時は、さっさと片付けてマナリーの家に
遊びにいこうとか、この際、1週間のアユルベーダーを受けようなどと
思案していたが、結局、2週間のお掃除で精一杯になると思われる。


そうなると、アシュラムのダイナミック瞑想しか考えられない。
ダイナミックをしながら、長い年月の思い出に感謝し明け渡すのだ!


インドビザに関して、これから申請する人に忠告したいことは!
特にシーズンは、出立前の最低でも2〜3週間前に
ビザ申請をした方が良いだろうと言うこと。
ついこの間まで、大阪では申請した次の日にもらえていた。
しかも、いつ申請しても良かった。


新しいシステムではアポイントメントがいつ取れるか分からない。
後日すぐかもしれないし、1週間後か10日後かもしれない、
アポが取れても、それが申請書を出しにいく日なので、
それから数日かかると言うことを念頭に置く。


それに、申請書に間違えがあったら、前にも書いたように、
ペンで後書きや付け足し、修正は出来ず、また、間違ったものは受理されない。
ネット上の用紙に正確に間違いのないようにしなければならない。
ネット上でしかビザ申請のアポが取れないのだ!


もし、受け取ってもらえなければ、再び、新たに申請書を書き直し、
と言うことは、アポも後日となると言うことである。
そうなると、ビザがもらえるのはいつになるか分からない!!!!
まるで永遠に続くとさえ感じさせられるだろう・・・・


このシステムは日本では3週間ほど前にこのように変更された。
エージェンシー以外の人はほとんどの人が知らないだろう。
日本語になっているインド大使館のHPにすら
このことに関して正確に変更されていないのだから!


以上、インドビザの申請レポート
komalagita  ふ〜〜〜〜 (--;)



5.25.2012

インドビザの申請、ややこしや!要注意どす。

昨日の続きで、インドビザの申請がどれほど
面倒になったか! 書いておきたい。


結局、私は、申請書を書き上げてプリントアウトし、
アポイントメントなしに大阪のビザ申請センターへ出かけた・・・
何とかなるだろうと信じ込んで! 


待っている間、ぷりぷりぴりぴりしている申請者達の気配を感じつつも、
私は、ひとりひとり呼ばれた人達が言われていることに聞き耳を立てていた。


ひとりのおじさんは、対応が終わった後、
これ見よがしに知人らしき人に文句をぶちまけている
「じゃまくせ〜」っと大声で。


しかし、どうにもならないと言う挫折感を
座っている私たちにも共有させていた・・・。


私の前に個人で来たらしく人が3名ほど、
その全員がやり直しをして来なければならないと言う
恐るべき事実が起こっていた・・・、


委託人やエージェンシーの人達は
気の毒そうに苦笑いの表情を隠さない。


そういえば、インドビザの申請センターは
いつ来てもごった返す人でいっぱいなのに、何となく、
上品に座っていられるほどの客数なのが不気味な感じがしないではない、
そして、私の番が来た・・・。


赤鉛筆でチェックされ、ここと、ここと、書き直さないといけないね、
っと言われ、心の中で「今日はだめなんだ・・・」っと悟った。


仕方ないなあ〜っと、逆に落ち着いて質問が出来た。
私の友人はインドに用事がある人が多いので、
あえて言うなら、申請書の書き残し、書き間違え、見落とし、
は、いっさい認められないことをここに書き留めておく。


書き残しを後で、ペン書きでつけ加えは認められない。
ここに来るまでにコンピュータ上の作業で完璧な申請書を作り、
それを提出しなければいけないと言うことである。


私は、働き先の電話番号を書いていなかった、
「それぐらいはペンで書いてもええんちゃうん!」と心の中で叫んだ! 


私のミステイクを載せてみると、
以前はパスポートのplace of issue はtokyoにするようにと
言われたように記憶しているが、osaka (私は大阪在住)でなければならない。


そして、仕事先の住所とともに電話番号も書かなければならなかった。
再び言う、後でペン書きは許されない。


もうひとつ、


hove you been refused an indian visa or extension of the same previously 
or deported from india? if yes, 
above mention when and by whom with control no/date... 


には、拒絶されたことがないし、if any ... で続くので、
そういう事実のある人だけが記入すると思っていたが、
そこには NO と記入しなければならなかった! 


ここまでのこのような仕様の質問にはyes とno の
どちらかを選択するボタンがついていたので、
ボタンがない場合は、拒まれた体験がある人のみ記入と思い違えた。
ここは要注意! 


最後に、私の申請用紙にアポイントメントの
日付がついていないと指摘され、
「昨日、なのでこちらに電話して来ると伝えた」っと言い、説明を仰ぐ。


とにかく、どちらにしてもアポイントメントがなければ
受理できないらしい、と言うのも、ネット上の申請書はインドか、
どこかのオフィースで開封され、バーコードで認識されてから、
申請センターに連絡が来るらしい。


連絡のあるものはメインオフィースで認定されているものだけである。
これに関しては電話確認で何度も確かめたことをあえて封印し、
私は堪忍袋の緒を後ろでパタパタと見えないように振りながらも・・・


目力で相手を威圧する。


と言うのも、私のフライトは6月1日、さほど猶予はない。
先ほど、おじさんにパワーを見せつけていた彼は、
申し訳なさそうに、何とかこのシステムを理解してくれと
嘆願する目を返してきた、彼には、どうにも出来ないのだ。


そう、家に戻ってインターネット上の
VISA APPLICATION FORMとやらに以上のことを修正してみたが、
またもや、Appointment の日付は出てこない。


「じゃーくせ〜〜〜〜〜〜!」っと叫ぶ。
気を取り戻し、やり直す・・・アポイントメントの日付は出てこない・・・・。


もう一度、やり直す・・・出てこん。


これは私ではなく、システム上の問題だ、もう、手の施しようがない。
と言うところで熱くならないように、私はこの事件についてブログでレポートし、
友人達でビザ取得が必要な人にも要注意を促す。


そして、自分の心を落ち着かせるためにも・・・。


取得がこのような方法に変わったのは3週間前らしい、
目力で威圧された彼は「他のビザセンター例えば、
アメリカなどはもっと厳しいらしいです、私たちは出来るだけ
皆さんのお手伝いが出来るようにしているんですが・・・」っとつけ加えた。


しかし、今この時点で、
不安の種はまだ解消されていない。


どーすんねん! これ!



インドのビザ申請方法が変わった

長年住んでいたインド・プーナにある私の家、
大家さんが売りに出したいと言うので片付けに行くことになった。


6月1日に大阪から飛ぶ、前回のように大阪では
ビザは申請して次の日にもらえるものと思っていたが・・・


一応、確認のため、申請センターに電話してみた!
何と、申請方法ががらりと変わっていたのでびっくり。


まず、下のサイトでオンラインビザ申請に自分で記入しなければならない。
3ページほど記入して進んでいくと、記入内容の再確認のページが出てくる。


https://indianvisaonline.gov.in/visa/indianVisaReg.jsp


ここまでは、面倒だけど何とか進んでいける。
しかし、このサイトは全文が英文なので英語がわからないと無理。
無理な人は、どこかで代行してもらわないといけない。


最初、記入しなければならないapplication form には番号がついているので
自分で記録しておかないとまずいことになり、
そして、出来上がったら、web file number と名前が出てくるので
それも自分で記録して取っておかないとヤバいことになる!


さて、私は分からないところが3つほどあって
申請センターに電話確認を取りながら書いたが、たぶん、
日本語のお上手なインド人の方だと思うのだが・・・
分かりにくい内容もあった。


それは、オンラインで申し込みをした後に日にちが出てくるらしいが
実際のビザ申請用紙を出しにいくアポイントメントが取れないと
申請できないとその人は言う、はあ (--;) ???


online indian visa form っと言うのを記入して進んでいくと、
アポイントメントの日付がどこかに出てくると言う・・・


結局、私が理解したのは、アポイントメントの日付は出てこない。
no date of appointment (何て書いてあったか、ちと忘れた)
などと言った言葉を見つけはしたが、では、どのように
アポを取ったら良いのかなどは出てこない。


それを電話で聞いてみた、出てくるはずだと言われたが、
私は、何か間違ったのかと思い、面倒だけど3回もやり直したが、結果、同じ。


明日、アポはないがそちらに行く!っと電話受付の人に言った。
と言うのも、申請してもらえるまで4日ほどかかるらしく、
明日ー申請できたとしても、もらえるのが29日だと言う。
私の飛行機は6月1日、もらえて3日後である。
アポが出るまで待っている余裕はない。


インドビザを取得する必要のある人、
前々から準備しておいた方がええよー!





5.24.2012

白い銀河の犬

ブログのプロフィールを書き直してみようと思い、
white wolf にちなんで、私のマヤ暦を調べた。
私は自分が白い銀河の犬であることを知ってはいたが、
さほど、気にもせず、注意を向けていなかった。


簡単な表をみて、そこに書かれていたことを暗唱してみる。
そこに載っていた翻訳も、私流にしてみた。
うん、なるほど、ピンと来る!


私の本質的な資質がそこにあった。


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KIN 190 白い銀河の犬 


完全なる調和-の型、ハートは尊貴を愛する
integrity harmonize model、 heart loves loyalty 


私は愛するために調和する、忠誠の規範に合わせ、
完全から成る銀河の音でハートの変化を印す、 
私は永遠の力に導かれている
I harmonize in order to love
Modeling loyalty 
I seal the process of heart 
With the galactic tone of integrity 
I am guided by the power of timelessness
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つまり、正直者で嘘がつけない・・・
それは、幼い頃からそうだと認識していた、
正直すぎて母によく睨まれたことを覚えている。


何か、自分の中に揺るぎない真実があり、
私はそれに忠実に従っていた。


人の嘘はすぐ見破れるから大人びた頭脳の持ち主と言える。
自分の嘘には目をつぶっていたが・・・・ふふふ


しかし、ロイアリティ(忠誠心)は、確かにしっかりとぶれない。
人からどう見えようと、信じたことはとことん信じて行動する。
まるで、忠誠を誓った中世の騎士のように!
そして、他人の助言より、自分の感覚や体験を重んじる。


“完全さ” にも、とことん追求するという振る舞いが見られる
追求し始めると終わりがないように永遠に続く。


若い頃はそれに対する疑問と、怠惰により断念することが多かったが、
今の年代では、“私” と言う人生そのものが
不完全性なる完全だと楽しんでいる。


よって、いろんな知りたいことを追求して体験を豊かにし始めた。


ここまで見ていると、“ロイアリティ” はエニアグラムで6番、
“完全な追求” はエニアグラムの5番、


しかし、私はエニアグラム7番であり、
いろんな知りたいことに手を出しまくっている。


最近は、手が足らないほどほどあれもこれも。
しかし、それ自体が “私” というアートなのだ。


ただ、もし、私が瞑想を知らなければ、
人生はどこにもたどり着けない悲惨な体験となっていただろう。




“私” の中心は静かで雲ひとつないことを知った。
だから、この瞬間、何が起こっていようとも、まったく問題がないのだ。


私が気をつけて、お馴染みの穴に落ちなければ・・・・





5.22.2012

重要な点 - メタファ

セラピーを2つの分野に分けると、ひとつは緊急事態と、
そして、頻度の高い症状に見舞われている重症的な場合のもの。
もうひとつは、潜在的な症状が見受けられる場合のもの。


頻度が高く重症的な場合、その特殊治療を行なう病院や
経験が高い相談者によって治療が促される必要がある。


潜在的な症状は、まだ、表立って見えず、しかし、
本人には姿のはっきりしない不気味な存在として知覚されている。


症状は、心理的境遇から大きな影響を受けている。
その人のおかれた立場、家族を含む人間関係・社会との関わり・
経済的状況などがそれである。


私たちが心理的な症状と呼ぶ時、そのほとんどが、一般的なよく知られるもので、
頭痛、肩こり、腰痛、胃の痛み、赤面、冷や汗、ジンマシン、
嘔吐、恐怖症、自慰行為、動悸、躁鬱、震え、過食症、強迫観念、暴力、
下痢や便秘、ふらつき、めまい、失禁、その他・・あれこれ。


しかし、そこに至るまで、そして、
それが症状の始まりだと誰も気づかない症状がある。
ここでは、その中でもとても微妙なる軽い症状について考えてみたい。


例えば、私は昨日、友人達と楽しく話しをしていた時に、
ふと、理解したことがある。


ある話しをしていて、ひとりの友人に、
「このことについてどう思う?」と尋ねた。
彼女はそれに対して「フォギー(foggy /霧にかかったようよ)」
と言う言葉を使った。


この時、私たちはひとりの友人が今まさに学んでいる最中の
クリーンランゲージを話題にしていた。
“foggy” はまさに、メタファー(比喩)なのだ。


例えば、ある話題について話していた時、
それをどう思うかと聞かれた彼女は、その問いに対して、
この場合、問い自体の意味が彼女を揺さぶったかどうか、
または、“問われた” ことに対する緊張に揺すぶらされたのか? 


この質問を受け取った瞬間、もしくは、このような会話をしていた最中に
霧がかかったような感覚をどこかで知覚していたことになる。


もうひとつ、考えられる点は、彼女が質問に対して、
「その質問の意味がfoggy だわ」、つまり、
質問の意図が知りたいわ・・・かもしれない。


どちらにしても、私が注目したいのは、
foggy は症状ではないか、と言うことである。


foggyと表現することで、自分の状態を表現している。
何かが明確ではない、それは、そのものについてか、自分自身についてか、
他者との関わり方についてか (- ここではどう返答すれば良いのか
見極める必要があるという緊張が生じる - )。


クリーンランゲージではそこから
その個人の理解を明確にしていくのだろうと思うが、


それはさておき、私がここで議題に上げているのは症状とは何か?
であるので、先に進むと、


つまり、はっきりと示してみると、
明確になっていないもやもやしたもの、
思考に取って代わる前の、形の見えない何か、
とは、軽い症状と呼べないだろうか?


それは、言葉にされにくいもの、言葉にすると恐ろしいと感じるもの、
もし、そうであれば、自分と、自分の感じているもの、との間に、
何かが立ちはだかっていると考えられる。


私たちは、普段、頻繁にメタファーを使いまくっているが、
全部とは言わないが、その幾つかは
言葉にできない何かの代償として使っている可能性が高い。


代償の意味の中に - 要求などが満たされない時、
変わりのもので要求を満たそうとすること - がある。


メタファーを使うことで、自分のもやもや感を満たそうとする。
自分の中のとても微妙な状況を -うまくすり替える - という場合もあるだろう。
このような場合、それは本人も気づいていないのだろうと思う。


ここで、私自身が安心を得るために言っておく必要のあることは、
もう、先ほどの foggy と言うメタファーを使った友人について話していない、
とういことを書いておくことにする。


ただ、あの昨夜の会話で私にこういった気づきが起こり、
それからずっとそのことが頭に残っていて自分の中で整理したいのだ。


その他に、一般的にはそれを症状とは呼ばないが、
例えば、批判、軽蔑、差別などを他者や自分に向けるが、
これも症状であり、その行為の下にあるものは自信のなさや、不安から来る。
なので、批判、軽蔑、差別などは症状の一番上の “かさぶた” である。


心理的には、これらが重度になってくると精神異常をきす。
ヒステリック、情動流動、暴力、などに変わる。


そして、もちろん、私たちは他者についてよく話すが、
よくよく自分の言っていることに耳を傾けてみると、
その人物を滑稽なフィギヤーに見立て、自分を正当化しているに過ぎない。
これを症状と呼ばず、何と呼ぶのだろうか?



5.08.2012

SATORI瞑想2日後ー夢について

SATORI体験から2日後、
昨日より目覚めの感覚が薄れているのか? 
と自分に問い掛ける。


しかし、こうやって静かに座っていると
身体が覚えていることを知った。
さらに、見守っていると、身体の感覚が蘇る。


確かに、今、私は頭の中で、
ここに書いている内容をつぶやいている。


しかし、それを観察している何かが
しっかりと私を支えているのにも気づいている。


昨夜の夢は混乱の夢だった。
夢の中で、クラニオの授業にこれまでの
異なるクラスの生徒が一気にやってきた。


彼らはそれぞれが好き勝手にしている。
まるで私の話しなどおかまいなしに。


私は自分が注目されず、
授業がいっこうに進まないことに落胆していた。
まるで、彼らは、私が私自身のマインドに
耳を貸さなくなってきているのと同じように振る舞う。


実際のクラニオコースについての不安はない。
しかし、私は私自身のマインドに耳を貸さなくなってきている。
特に、常習的で誘惑的なマインドに。


夢の中では、ある生徒は他の生徒を誘惑し、
授業から気をそらせようとしているように見受けられる。


他の2人の生徒はいかついサングラスをかけ、
何を意図するのか、無表情でいる。


その生徒に関心を寄せ、
私がそれについてコメントしていることにうなづきながら、
内側では自信なさげにいて周囲に馴染めない様子の子もいる。


結局のところ、授業はまったく進まなかった。
私はそれを観察し続けていた。
夢の中で観察している者が居た。
でなければ、それを覚えている者はいない。


脳の記憶とは違う感覚で覚えている。
確かに、そこに観察があった。



5.07.2012

7日間のSATORI体験

昨日、7日間のSATORIリトリートから出てきてた。
その日は、長野県上田市から大阪の実家に戻り、
お風呂に入ってベッドに直行。


東京経由で新幹線に乗った時から、父と少しした会話とお風呂以外は、
ずーっと i pad で和尚の講話を聞き続けていた、電池が切れる限り、
睡眠に落ちてからも聞き続けていた。


どうやら、Nirvana The Last Nightmare の第6話まで
続けて聞いていたことになる。
瞑想者にとってとても内容の深い講話で
少しも退屈せずに、ずーっと聞き入っていた。


今朝、いつものように新聞を読んでみようと手に取ってみたが・・・
活字が頭の中に入ってこない、すぐ、やめた。


そして、気づいたのが、身体の感覚、聴覚が特に研ぎすまされている。
近くの音と、遠くから聞こえる音、そして、その間にある音のない音。
この都会に居ても、この瞬間のすべてが私を、
あの空間に誘ってくれる、サイレントの空間に。


身体に微妙なけだるさがあるが、内側は、とても静かで、
この7日間、どこまで旅をしたのか、都会に戻ってきて確信できた。


この確信は、成長し続ける、私が覚えている限り。
私が、再び眠りの中に落ち込んだとしても、
私の観察者はもはや、私の前に出てこようとして、
私を眠りから救ってくれるだろう。


何度も、Who is in とSATORIのリトリートを体験して来て、
今回のリトリートは、さらに瞑想の奥行きを見た。
これまでに理解したことが、まだまだ夢の中であったことも。


私はマインドで聞き、マインドで見ている。
マインドのしくみが何たるか、どこまで深く一体化しているか、
どれだけそれに頼っていたことか、私はまったくマインドの奴隷に過ぎない。


今、ここ、この瞬間に自分の中心に重力を合わせると、
体験だけが、私の身体を通してやってくる。
私は、ただ、それを観察しているだけ。


必要なことは、向こうからやってくる、
思考が私に何をしろと言うのではなく、
日常生活のやるべきことも向こうからやってきて、
そして、私は動く。


マインドに突き動かされるのではなく、
静かに座っていれば、それは自然に受け入れられ、自然に身体が動く。
この感覚を覚えていれる限り覚えておこう。


今、この瞬間の体験だけが、
私を自分のオリジナルフェースに導いてくれる。


そして、それがマインドからやってくるのか、
私の中心からやってくるのか、今はまだ見極めることが出来ている。
この感覚を覚えおこう、これが瞑想と言うものだと理解した。