7.16.2013

夢見るパンゴン・ツオ
















私にとってのこの旅のピークポイントは
標高4200mほどにあるパンゴン・ツオである。

インドと中国の国境をまたがってある天空の湖。
ここに一泊しかしなかったのはやはり惜しい。

幸いにも、程よく雲があり、そして快晴であったこと。
雲がなければ、何か物足りなさを感じただろう。

雲の存在はすごい圧倒感を与えた。
空、雲、風、湖・・・それを体験する私。




湖の色が空の色に反映し、それはもう、美しい。
トルコブルーになったり、深い藍色になったり、それらはとても澄んだ青だ。






飛び込んでその穏やかさと激しさ、その深遠さを肌で感じたかった。
だが、周囲に気を使い、浸したのは足だけ・・・。

これからの旅の支度に、いつ、どこででも、
水に飛び込めるように準備しておこう! と思った。

夢のパンゴン・ツオ





7.08.2013

女性の生理と神様のしきたり


一昨日からカクナール村のフェスティバルが始まった。何やら、神様の入れ物を新しく作り替えたお祝いらしい。初日、御神輿となってかつがれた神様はここから数十キロ離れたバシーシ村まで笛や太鼓の音楽隊と、その他村人50人ぐらい付き添って練り歩き往復した。バシーシ村はここら一帯でも温泉が湧き出る村として有名でもある。例えば、地球の歩き方インド編には記載されているであろうと思う。フェスティバル二日目も村の神社で神様の行事が行われた後、村人および訪ねてくる人々に分け隔てなく無料で食事が振る舞われた。これはどうやら数日続くようだ。行事の様子はまた機会があれば書いてみたいと思う。

カクナール村が祭っている神様はカルティケ(シバとパルバティの息子)と、その母、パルバティである。神様の入れ物とは、日本で言う所の御神輿のようなもので、装飾のなかに沢山の顔がついている。これを3〜4人の男性がかつぐ。神様がかつがれる時、かつがれている間は笛と太鼓が必ず鳴り響いている。祭りがトランスに入っていくとかつがれた神様が神輿を酔いどれのようにふらふら、よたよた、または激しく揺れ動かすことがある。その様子は以前にどこかの村で行われた大きなフェしティバルで見たことがある。媒体となる奇術師もいたように覚えている。

昨夜、祭りで振る舞われる食事を一緒にいただきに行こうと言っていた友人夫婦の奥さんが行けなくなり、その理由が私に伝えられた。彼女の生理が始まったと言う。一瞬、人前にでるのがおっくうなんだろうと思ったのだが、そうではなく、ここら一帯(何処らへんまでがそうなのか分からないがとにかくこの辺りの山岳地帯)では、女性の生理が始まった初日は家の中に入れてもらえないこと、自分の家どころか他の人の家にも入れないという驚きの伝統的仕来りがあるのだそうだ。ましてや、神様の前に現れるなどもってのほからしい。そういえば、神を祝うフェスティバルを牛耳ていたのは男たちであり、村の女たちは茅の外のように放牧している牛とともに少し離れた位置でこの様子を見守っていた。神様の近くにいた女と言えば、部外者の私と子供たちだけ。

話を戻して、生理初日の彼女には誰も触れない、女性同士であっても。誤って触れると触れた人も水シャワーを浴びないと家に入れない。友人の父などは初日以外でも生理期間中の3日間に彼女が作った食べ物すら触れないそうだ。とは言っても、そういった人達が凶暴で暴力的な男性と言う訳ではない。友人もその父もいたって穏やかな性格の人物である。これは、仕来りなのだ。私の友人(男)はそれを信じている、このしきたりの神様を信じているのだ。だから、私に彼女に触れてはいけないと注意する。

どうやって始まったかは分からないが、ただ、そういう仕来りなのだ。家の中に入れてもらえないが、家屋には正面玄関の外にある部屋がひとつ用意されている。生理初日の彼女達(女性家族)はそこで寝るようだ。翌日早くに水シャワーを浴び、身につけていた服やショールはすべて一緒に洗う。そして、やっと家の中を自由に入ることが出来る。私にとっては何とも言葉が出ない仕組みであるが、そういう仕来りで育った彼女達に疑問が浮かばないのか? とも思う。彼女達はいたって平気に受け止めているようだ。彼女達自身も神様を信じているのだ。一日、家の中に入れない奥さんは結構陽気に玄関先を通る近所の女性達と世間話をしながら笑っている。毎月のことであり、村人みんながこのことを理解しているのだ。私は見方を変えてみた。ある意味、その方が瞑想的ではないか。生理が始まると、他人に触れず、食事も与えられたものを家の外で独りで食べる。そうやって自分を見つめるのだ。

なんであれ、私はこう考えてみた。何故、女性の生理がそんなに恐れられるのか? 彼女に触れてはいけない。彼女がふれる物にも触れてはいけない。この地方では、その昔、子供が生まれるその仕組みが神秘そのものである。そして、いつしか、彼女の腹が膨らみ、人間の子供が生まれてくる。しかし、生理は生まれてこなかった人間が血の形となって出てくる。血は人間の形をとらずに出て来たもの。人間の形を要さない血を生み出したそれは邪悪であり、形にならなかった 何かかが出てくるのだ。人間ではなく、その血に魔物が乗り移ってもおかしくない。彼女に触れるのは魔物に触れるのと同じことなのだろう。魔物を家の中に招待するわけにはいかない。ここまで書きながら、おかしくて笑ってしまう私がいる、これを題材にした小説を書けるのではないかと。これはあくまでも私の想像なのだから。

どちらにしても、男は女性の生理を恐れていることに間違いはない。彼女に触れることに恐怖を覚え、触れてはいけないと教えられる。そうか、だから信仰なんてものが生まれたのだ。世界中のあらゆる宗教の土台を作り上げたのは男性であり、そして、女人禁制とやらの仕組みもあちらこちらで厳重に守られている。あっぱれよ、男達、あなた方はあなた方が邪悪だと思う産道から生まれ落ちたのだ。そのことを受け入れるための修行ならば、女人禁制は間違っている。女性の中に入って行くべきだ。女性に包まれ、女性とひとつになるべきだ。

2013.07.08 北インド、ヒマチャール州、マナリー峡谷、カクナール村から



7.07.2013

Ladakh ツアー



私の "ラダック探検クルー" がマナリーを去って日本に旅立った後、思いもよらないほどの寂しさに包まれた。今この瞬間にも、ひとりであることの "自分" を取り戻すプロセスが続いている。裏山を歩いたり、食事を作ったり、小説を読んだり・・・。自分の心の動揺を観察しながら、自分の中の静寂を探しているようだ。

小説を読んだからか、この状態を活字してみようと思った。一人旅が好きな私が "ラダック探検" なるツアーを組み立てたこと自体、自分で驚いている。そして、ことのほか、この探検は思った以上に楽しかったのだ。私たちは日本を出るまでに高山病についてそれぞれが考えた。お互いに情報を分け合った結果、誰もが健康を保ったまま、広大なヒマラヤ山脈での標高5360mを4回、4000mを越える山々を渡りきった。宿泊施設の中ではパンゴンレイクの4200mあたりのキャンプが一番高かったのではないだろうか。多少の疲れや不調はあったものの、全体的には至って快調でご機嫌な旅であった。天空の湖、パンゴン・ツオの満天の星空と流れ星が私の目に焼き付いている。

私はクルーをひとつのボートをこぎ合う仲間として共同生活の中で肉体的にも精神的にも誰もが自分自身のスペースを持てるように注意を注いだ、それは私自身のことも忘れずにである。うまく出来たかは分からないが、クルーの誰もが無言で自分以外の人を優しく気遣っている様子を何度もみていた。思うに、その瞬間に、それぞれが自分自身と向き合っていたのだろうと想像する。みんながそれぞれの瞑想の中にいた。

いろんな場面がフラッシュバックする。ひとつひとつの場面にその時の自分の気持ちが反映するにもかかわらず、多くの笑いを共有した。笑いはすべてを浄化する。そして、私たちクルーの誰にとっても未知で新鮮な体験は個々の静寂に吸収され、その波紋はやさしく穏やかになる。体験はカメラの中に収まりきれない、この雄大な地形も風も雲も匂いも。そこに居るのは体験している人物だけ。

私は今もひとりで自分の居場所を探すように心の動きを観察している。今朝、小説を読みきると次は何をしようかと思い、洗濯をし、コンピューターを充電する。お茶を沸かし、ベランダに座って辺り一面を雲と霧と覆われた山を望み、そして、シャワーを浴びた。もし、これが小説ならば、ストリーが展開されるべきだろう。しかし、これは小説ではなく、思いついたように書いている心の動きである。最初はブログに書き込むつもりで、先ほど家から降りて来て道路沿いにあるホテルのFi-Wiが不通であると分かり、近所の食堂でまた書き始めたと言う具合である。今日は辺り一面が雲に覆われ、私の心も出口が見つからずにいる。

しかし、今日分かったことがある。ラダックツアーに従事していた緊張感から解放され、やっと、日本を出る前までに係っていた仕事の忙しさと精神的疲れを思い出した。そうか、私には何もしない時間が必要であり、ひょっとしたら一日中寝ていてもいいのかもしれない。

一日中寝ていてもよいと思えるが、まだ、思考のほうが休まっていない。思考が休まらないとくつろいで寝ていることができない。夜は熟睡しているものの、本当の休息が起こるまであと数日はかかるのだろうか、それとも、くつろぎは起こらず、心を観察し続けるのか。しかし、きっと日はあっと言う間に過ぎていくだろうから一週間前の今から日本に戻るパッキングを始めようと思っている。荷物のパッキング、すなわち、心の整理整頓である。

今回のラダックツアー、ツアーはまるでジェットコースターのように展開され、かといって、その一瞬一瞬がとても濃い体験となった。思い出すだけで吹き出してしまう面白い場面が寝る寸前の私に襲いかかってきたこともあった。ひとり夜中に爆笑している私の姿が思い浮かばれるだろうか。

私のクルーはマナリーからデリーに向い、最後の緊張ある体験が待ち受けていた。2台のタクシーのうち、1台が空港への道を見失い、飛行機が飛び立つ、あわや1時間10分ほど前にデリーの国際空港にたどり着くはめになった。その時、携帯でのやり取りではらはらしながら間に合うことを祈り、最後に先に空港についていたクルーと一緒になったことを確認して私はベランダから自分の部屋に戻った。みんなは乗り遅れなかった安堵感とともに、日本に向かう飛行機の中でヒマヤラ山脈での思い出を回想していただろうか。今度、日本で会う時を想像すると、あの体験を共有できた喜びの笑顔が浮かぶ。

私のラダックの旅クルーに感謝を込めて、まだ、マナリーにいる私から・・・